本連載の第4回「シンプルなプロセス」第5回「需要変動に対するロバスト性」によって、SCM担当者がサプライネットワーク全体の監視および変化やリスクへの早期対応に注力できる環境が整った。また第3回「プランニングとオペレーションの整合」によって、変化やリスクへの対応策を混乱なく実行に移すことも可能である。

したがって、市場変化に迅速に対応する「アダプティブなサプライネットワーク」の実現に残された課題は、(1)サプライチェーンを監視し、変化やリスクを発見し、(2)複数の対応策を比較検討し、(3)対応策を決定する、システムを構築することである(図1参照)。

  • 変化対応プロセスと構築の手順

    図1 変化対応プロセスと構築の手順

リスクと変化を定義する

アダプティブなサプライネットワークの活動は、「サプライチェーンを監視し、変化やリスクを検知すること」から始まる。しかし、検知すべき変化やリスクが曖昧なまま漫然とサプライチェーンを監視しても、膨大なデータに埋もれた重大な変化やリスクを見落とすことになる。

そこで、まず「事業計画の達成やサプライチェーン上のすべての事業活動を阻害する不確実性」という視点でリスクをリストアップする。次に各リスクが顕在化する前の予兆となる出来事やデータの動きを、チェックすべき変化としてリストアップする。

リスクや変化をあらかじめ完璧に想定し定義することは困難であるが、過去の経験に基づけば、"想定外"を十分に小さくすることは可能である。

このように改めて定義されたリスクや変化を常時監視するのは、ビックデータを扱えるようになったITの得意とするところである。また、どのような出来事やデータの動きを監視すればよいかという"監視の習熟化"においてはAIが活用できる。

シミュレーションモデルを定義する

変化やリスクを発見すると、次は、その影響度合いや対応策についてのシミュレーションと評価を行うことになる。これらのシミュレーションと評価は、通常、IBP(Integrated Business Planning)やS&OP(Sales & Operations Planning) のアプリケーションを用いて行われる。

これらのアプリケーションでは、実際のサプライチェーンにおける仕入先・工場・倉庫・得意先からなるサプライネットワークや調達・生産・供給の諸条件(たとえば、工場の生産可能品目、生産設備、生産能力、製造コストなど)を"サプライネットワークモデル"としてシステム上に再現し、このモデルをもとにシミュレーションや評価を行う。

ここで重要なことは、起こりうる変化やリスク、想定される対応策、対応策の評価に使用する指標などをあらかじめサプライネットワークモデルに組み込んで、あらかじめシミュレーションの準備をしておくことである。例えば、販売好調で生産の追いつかない製品について、別の工場で生産することを検討する場合には、どの工場のどの設備で生産が可能か、設備と要員はどれだけ必要か、製造コスト・輸送コストはどのように変わるか、最終的に売上増・利益増はどの程度期待できるのか、といったシミュレーション結果が必要であり、これらのシミュレーション(計算)に必要な情報の組み込まれたサプライネットワークモデルが必要である。対応策を検討した後で、サプライネットワークモデルに必要な情報を集めモデルを作成していては、評価結果を得るまでに多大な時間を要してしまい、変化への対応が遅れる。

ダイナミックな意思決定は難しい

シミュレーションよりも難しいのは、シミュレーション結果をもとにダイナミックな意思決定を下すことである。ここで言うダイナミックというのは、例えば、「販社Aは販売が低調であり、販売が好調な販社Bに重点的に製品を供給する」というような判断である。「ネットワーク型変化対応型」SCMにおいては、時にはこのような大胆な対応策も必要となるが、このようなケースで迷わず意思決定し、これを実行に移せるだろうか。販社Aと販社Bに事前に相談・調整を行って、変化の小さい折衷案になることはないだろうか。

しかし、市場変化への対応を重視するならば、時には大胆な意思決定も必要であり、トップマネジメントの積極的な関与が必須である。また、企業文化や組織構造に起因する困難も予想される。その場合には、想定される変化・リスクとそれに対する対応策をあらかじめ関係部門の間で共有し、大胆な意思決定への心理的抵抗を和らげる、などの工夫も必要となる。

変化への適応力を高める

ここまで、アダプティブなサプライネットワークの構築の進めかたについて述べてきたが、変化への適応力自体を高める方法についてはふれていない。それは、適応力を高める方法とは、サプライネットワーク上の時間/設備/人/モノに関わる"制約"を低減し、対応策の幅を拡げることに他ならず、これまでも各企業がSCMの改革テーマとして取組んでいるものである。

  • 変化への適応力向上と制約の低減

    図2 変化への適応力向上/制約の低減

一言付け加えるならば、前述のサプライチェーンモデルを活用したシミュレーションによって適応力向上に効果の高いテーマを選び、これに注力することが望ましい。

これまで、6回にわたって、「階層型調整型」SCMにかわる「ネットワーク型変化対応型」SCMについて見てきた。

ITの進化は、サプライチェーンのグローバル化を促進し、それが先進国の製造業に大きな成長の機会をもたらした。そして同時に、新興国(企業)の台頭とグローバルサプライネットワークのマネジメントという新しい課題ももたらした。

しかし、ITの進化は新しい課題をもたらすと同時に、その解決方法も示しているように思われる。

杉山成正

著者プロフィール

杉山成正(すぎやましげまさ)
株式会社NTTデータ グローバルソリューションズ
ビジネスイノベーション推進部
ビジネストランスフォーメーション室
サプライチェーン担当

略歴
1963年京都府生まれ
神戸大学工学部大学院卒。中小企業診断士
メーカにて生産管理・生産技術・設備技術・新規事業企画等の業務に携わったのち、日系情報システム会社にてシステムコンサルタントに。
その後、外資系コンサルティングファーム、日系コンサルティングファームにてプロジェクトマネージャー、ソリューションリーダー、セグメントリーダーを歴任。
製造業における経験を活かし、業務改革、ERP/SCMシステム構築を中心に取組んでいる。