怒りの感情を紙に手書きし、物理的に捨てると気持ちが落ち着くことを名古屋大学などの研究グループが実証した。怒りを抑える手法はこれまで「気の持ちよう」といったものにとどまり、実験や客観的事実を基にしたものは確立されていなかった。科学的に怒りを鎮めるための簡単で効果的な方法として期待できるという。今後はメールなど電子媒体でも応用できるか実験を進めていきたいとしている。

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    今回の実験の結論。プレスリリースでは「紙とともに去りぬ」と、米国の長編小説のタイトルをもじった(名古屋大学提供)

名古屋大学大学院情報学研究科の川合伸幸教授(心理学・認知科学)らは、50人の大学生のグループと、46人の大学生と20代の社会人が混在する2グループに分けて実験を行った。

まず、「学費の値上げについてどう思うか」や「路上喫煙についてどう考えるか」などいくつかの社会課題について論述してもらった。それぞれの課題について添削を行い、「知性がある」「親近感がわく」などの項目について1~9点をつけ、平均が3点と低くなるようにあえて調整した。加えて「こんな文章は大学生とは思えない」「社会人と思えないほどひどい文章」といった一言の講評を添えて返却した。

それらを受け取った被験者は怒りの感情がわく。その怒りを感じた状況を客観的に紙に文章でしたためてもらい、50人のグループは紙を丸めて捨て、46人のグループはシュレッダーにかけて処分し、それぞれ何もせずに紙を持ち続けたケースと比較することにした。

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    紙を丸めて捨てたグループ(グラフ左)と、シュレッダーにかけたグループの怒りの得点の変化。紙を捨てた黒丸のグラフに比べ、紙を持ち続けた白丸のグラフは怒りの得点が下がっていない(名古屋大学提供)

怒りの尺度を測定するため、被験者には「怒った」「敵対心のある」「むかむかした」「煩わしい」「いらだった」という怒りに関する5項目に対し、それぞれ1点の「まったくあてはまらない」から6点の「非常によくあてはまる」の6段階評価をしてもらい、得点化した。怒りの度合いが高いほど得点は高くなる。なお、怒りに関する調査だと分からないようにするために「明るい」「おおらかな」「陽気な」といった項目についてもどのように感じたか回答させた。

怒りに関する5項目について、論述を書く前、論述を返された直後、紙に書いて捨てたり、シュレッダーにかけたりしたあとの3つの場面でどのように得点が変化するかを測定。さらに、紙に書いてそのまま保存した場合と怒りの得点を比べた。

その結果、両グループとも物理的に紙を捨てたり、処分したりしたあとで怒りの気持ちの得点は論述を書く前のレベル近くまで下がった。一方で、紙をそのまま保存した場合は怒りの気持ちの得点はあまり下がらなかった。

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    シュレッダーにかけた場合は怒りの気持ちが収まるが、透明の箱に入れただけ(写真右)では気持ちの変化があまりなかった(名古屋大学提供)

今回の実験を通じ、怒りをコントロールするには、紙に書き出して物理的に処分することが良いことが分かった。古くから、感情を皿に込めて神社で割るなど、物理的に怒りを表出し、それらを壊す方法が採られてきた。それと同様に怒りを表すにとどまらず、その上で紙を裁断したり捨てたりすれば解消できることが科学的に示された格好だ。

川合教授は今後、更なる研究を進め、「運転中にイライラしたときに怒りを抑制する方法など、社会実装できるような方法を考えたい」とした。

研究は日本学術振興会の科学研究費補助金や科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の助成などを受けて行われた。成果は4月4日に名古屋大学が発表し、英科学誌「サイエンティフィック リポーツ」電子版に同月9日に掲載された。

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