分子科学研究所(分子研)、総合研究大学院大学(総研大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の3者は5月17日、刺激応答性高分子「ポリイソプロピルアクリルアミド」(PNIPAM)が示す、純水と純メタノールのそれぞれには溶けるが、両者を混ぜたメタノール水溶液では溶けなくなるという「共貧性溶媒効果」のメカニズムを、軟X線吸収分光(XAS)計測とコンピュータシミュレーションを用いて解明したことを共同で発表した。

同成果は、分子研/総研大の長坂将成助教、KEK 物質構造科学研究所/総研大の足立純一講師、KEK 物質構造科学研究所の熊木文俊博士研究員、中国・浙江大学の望月建爾教授、同・Yifeng Yao大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Physical Chemistry Chemical Physics」に掲載された。

共貧性溶媒効果の謎を解明する上で研究チームが重要と考察したのが、溶液中のPNIPAMと溶媒分子である水とメタノールの分子間相互作用がどのように変化するのかという点だという。それを確かめるため、今回の研究では、PNIPAMの「カルボニル基」(C=O基)の周囲の水とメタノールの様子がわかることから、酸素K吸収端の光エネルギーを選んで、メタノール水溶液中のPNIPAMのXAS計測を行ったとする。

実験では、まず純メタノールと純水に加え、メタノール水溶液でのPNIPAMの溶け方が調べられた。すると、純メタノールと純水では溶けているが、メタノールの割合が中間の濃度領域では、PNIPAMが溶けずに白濁した溶液になっていることが確かめられた。

また酸素K吸収端XASスペクトルでは、PNIPAMのC=Oπピーク(PNIPAMのC=O基の酸素原子の内殻電子(1s軌道)が、C=Oのπ軌道に励起する過程に対応)は、水やメタノールのピークよりも低エネルギー側にあるので、溶媒の寄与に埋もれることなく、そのピークを観測することが可能だ。そこで、PNIPAMのC=Oπピークのエネルギーシフトが、異なる割合のメタノール水溶液ごとに求められた。その結果、まずメタノールの割合が多い時には、C=Oπピークは水の割合が増えるほど、緩やかな高エネルギーシフトを示したとする。これは、PNIPAMのC=O基とメタノールの水素結合が、水の水素結合に置き換わることが表されているとした。それに対して純水では、C=Oπ*ピークが、純メタノールの時よりも大きく高エネルギー側にシフトしていることが判明したという。これは、巨視的には水とメタノールで同じように溶けて見えるPNIPAMだが、分子レベルでは異なった描像が示されていることが表されているとする。

  • メタノール水溶液中の高分子PNIPAMの酸素K吸収端XAS計測の結果

    メタノール水溶液中の高分子PNIPAMの酸素K吸収端XAS計測の結果。メタノール水溶液の割合が変わると、PNIPAMのC=Oπ*ピークがエネルギーシフトする。中間の濃度領域でPNIPAMが溶けなくなる共貧性溶媒効果が示されている(出所:分子研Webサイト)

次に、異なる割合のメタノール水溶液中のPNIPAMの構造が、分子動力学計算で調べられた。さらに、得られたモデル構造を基にして内殻励起計算を行い、実験で得られたXASスペクトルとの比較が行われた。その結果、純メタノール中では、メタノールとの疎水性相互作用によりPNIPAMの鎖構造は伸びているのに対し、純水中では、PNIPAMが丸まっていることが見出されたという。つまり、純水で観測されたC=Oπ*ピークの高エネルギーシフトは、PNIPAMが丸まった構造のためであることが明らかにされたのである。純水中では、疎水性水和によりPNIPAMに水が配位するので、PNIPAMは完全に固まらず、水に溶けている。一方、共貧性溶媒効果を発現する濃度領域のメタノール水溶液中では、PNIPAMにメタノールの塊が疎水性相互作用することで、PNIPAMの疎水性水和が壊されて、PNIPAMが凝集することも突き止められたとしている。

溶液中の高分子の挙動は特徴的なものが多く、そのメカニズムは完全には解明されていないという。今回の研究で用いられたPNIPAMは刺激応答性高分子として、環境変化によりその構造が大きく変化することから、薬物送達やバイオセンサなど、多くの化学・生物学的な応用が期待されているとのこと。共貧性溶媒効果の他にも、低温では溶けるが高温で溶けなくなる、通常の溶液とは異なる挙動である「下部臨界温度」という現象もあり、PNIPAMの全容を明らかにするには、これからもさらなる研究が必要とする。

また今回の研究により、XAS計測による溶液中の分子間相互作用の解析から、共貧性溶媒効果のような高分子の相転移現象を解明できることが示されたという。これは、XAS計測により、タンパク質フォールディングなどの生物学的な相転移現象を分析できることも意味しているといい、研究チームは、今後XAS計測により、化学・生物学的なさまざまな相転移現象が解明されることが期待されるとしている。