慶應義塾大学(慶大)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、筑波大学の3者は2月14日、無菌マウスと大腸菌を用いた人工共生系において、腸内定着時に生じる大腸菌ゲノムの遺伝子変異は、宿主であるマウスの食餌の種類に依存して変化すること、およびこれらの変異株はマウス腸内の栄養素を効率的に利用する能力を高めることで、遺伝子変異のない大腸菌株よりもマウス腸内で優勢になることを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、慶大 先端生命科学研究所に所属する慶大大学院 政策・メディア研究科の月見友哉大学院生、同・福田真嗣特任教授(順天堂大学大学院 医学研究科 細菌叢再生学講座 特任教授/KISTEC 腸内環境デザイングループ グループリーダー/筑波大 医学医療系 客員教授/科学技術振興機構(JST) ERATO 深津共生進化機構プロジェクト 副研究総括兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、単一細胞と微生物群集における代謝および調節システムに関する学術誌「mSystems」に掲載された。

腸内細菌の一種である大腸菌がマウス腸内に定着する際、「ガラクチトール代謝」関連の「gatC」を含む一部の遺伝子が、腸内環境に応じて変異する例が報告されていた。しかし宿主の食事内容が、遺伝子変異による大腸菌の適応度や、変異する遺伝子の種類に影響するのかについては不明だったという。そこで研究チームは今回、遺伝子変異を起こしやすい大腸菌「ミューテーター株」を無菌マウスに経口投与して人工的に移植した細菌の腸内定着の様子を調べる人工共生系を確立し、マウス腸内に定着する大腸菌にどのような遺伝子変異が生じているのかを網羅的に解析することにしたとする。

  • 無菌マウスへのミューテーター株の経口投与による人工共生系の確立と変異遺伝子の検出結果

    無菌マウスへのミューテーター株の経口投与による人工共生系の確立と変異遺伝子の検出結果。共通して変異する遺伝子を選抜するため、同じ試験系が3回繰り返された。全試験においてgatC・araC・malIの遺伝子変異が認められた(出所:共同プレスリリースPDF)

大腸菌をマウスに移植して3か月後、3回の試験に共通して、gatCのほか、「アラビノース代謝」関連の「araC」、「マルトース代謝」関連の「malI遺伝子」に機能欠失型変異が認められたという。

次に、これらの遺伝子変異が、実際にマウス腸内における大腸菌の適応度を上昇させるのかを検証するため、gatC・araC・malIの欠損大腸菌株(3遺伝子欠損株)が作成され、gatC欠損株とマウス腸内での競合定着試験が実施された。その結果、3遺伝子欠損株がgatC欠損株よりも優勢になったことから、araC・malIの機能欠失型変異がマウス腸内での大腸菌の適応度を上昇させることが確認されたとした。

  • 3遺伝子欠損株とgatC欠損株との腸内競合定着試験

    3遺伝子欠損株とgatC欠損株との腸内競合定着試験。3遺伝子欠損株、gatC・araC欠損株、gatC・malI欠損株の順に優勢になった(出所:共同プレスリリースPDF)

araCとmalIは共に糖代謝の関連遺伝子であることから、マウス腸内における糖の量や組成といった環境が、両遺伝子の欠損による適応度上昇に影響する可能性が考えられたとする。そこで、これまでの試験で使用していた腸内細菌が利用できる炭水化物群(MAC)が豊富な餌(高MAC食)と比較して、糖が少なく組成も異なる餌(低MAC食)がマウスに与えられた。すると、低MAC食において多重欠損株の優勢度が10万分の1以下に低下。このことから、宿主の食餌内容が大腸菌の遺伝子欠損による腸内適応度に影響することが示唆された。

  • 異なる餌を与えたマウスにおける腸内競合定着試験

    異なる餌を与えたマウスにおける腸内競合定着試験。高MAC食でより多重欠損株が優勢になった(出所:共同プレスリリースPDF)

続いて、宿主の食餌内容が遺伝子変異の蓄積にどのような影響を与えるのかの検証のため、低MAC食マウスにミューテーター株を経口投与して変異遺伝子の検出が行われたところ、高低の両MAC食群共通で変異する遺伝子はあったが、変異遺伝子のパターンが異なったという。特に、低MAC食マウスにおいて、araC遺伝子の変異が検出されない個体が認められ、malI遺伝子変異は全低MAC食マウスで検出されなかったとした。

  • 宿主の食餌による変異遺伝子パターンの変化

    宿主の食餌による変異遺伝子パターンの変化。高MAC食と低MAC食とでミューテーター株に蓄積する遺伝子変異のパターンが異なった(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、高MAC食にてaraC・malIが変異する機構を解明するため、3遺伝子欠損株と、gatC欠損株の遺伝子発現に対し、RNAシークエンスによる網羅的な解析が行われた。その結果、3遺伝子欠損株は高MAC食マウス腸内において、ガラクトース代謝関連の「galP」、「N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)代謝」関連の「nagABE」、「アスパラギン(Asn)代謝」関連の「ansB」、「ムチン代謝」に関わると推定される「ydeN」などの遺伝子が、gatC欠損株よりも発現量が高いことが突き止められた。これらの栄養素の量は、低MAC食マウスの腸内より高MAC食マウスの腸内で多くなっていた点が興味深いことだという。

  • 3遺伝子欠損株の遺伝子発現解析結果および関連代謝物質の腸内の量

    3遺伝子欠損株の遺伝子発現解析結果および関連代謝物質の腸内の量。高MAC食マウスの腸内に豊富な栄養素の利用に関する大腸菌の遺伝子発現量が高かった(出所:共同プレスリリースPDF)

そこで、これらの栄養素を含む培地にて、gatCに加えてaraCあるいはmalIが欠損した株とgatC欠損株の競合培養が行われた。2週間後、gatC・araC欠損株はムチン培地、gatC・malI欠損株はガラクトースおよびGlcNAc培地において、gatC欠損株よりも優勢になった。以上の結果から、大腸菌がマウス腸内に定着する際には、腸内に豊富な栄養素をより効率的に利用できるようになる遺伝子変異が重要であることが明らかにされた。

  • 腸内に豊富な栄養素を添加した培地での競合培養試験

    腸内に豊富な栄養素を添加した培地での競合培養試験。gatC・araC欠損株はムチン培地、gatC・malI欠損株はガラクトースおよびGlcNAc培地においてgatC欠損株よりも優勢になることが明らかとなった(出所:共同プレスリリースPDF)

近年、健康な人の腸内細菌叢を患者の腸内に移植することで治療を行う腸内細菌叢移植療法など、腸内環境を操る技術の研究開発が進む。しかし、投与された腸内細菌が腸内に定着せず、期待した効果が得られない症例も報告されている。そうした中で今回の研究により、食事内容が腸内細菌の腸内定着に遺伝子レベルで関与することが明らかにされた。今後は、宿主の食事と投与される腸内細菌遺伝子変異の組み合わせを活用した「腸内デザイン」技術の進展が期待されるとしている。