宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月10日、H3ロケット2号機に関する記者説明会を開催し、同ロケットの準備状況などについて報告した。打ち上げ日時は、2月15日の9時22分55秒~13時6分34秒で、予備期間は3月31日までと設定されている。初号機の失敗からおよそ1年。H3は正念場の飛行再開フライト(RTF:Return To Flight)に挑む。

  • H3ロケット2号機のフェアリング

    H3ロケット2号機のフェアリングには、「RTF」の文字が描かれる (C)JAXA

初号機の失敗原因は3つまで絞り込み

H3ロケットの初号機は、2023年3月7日に打ち上げを実施。第1段は正常に飛行したものの、第2段エンジンが着火せず、搭載した先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の軌道投入に失敗していた。

  • 2023年3月7日に打ち上げられたH3ロケットの初号機

    2023年3月7日に打ち上げられたH3ロケットの初号機

参考:H3ロケット初号機現地取材(再) - 第2段の不着火により打ち上げは失敗、JAXAは原因究明を急ぐ

その後、JAXAは原因究明を進めたものの、調査は難航。電気系の問題であることは早くから分かっており、解析や試験などにより原因を徐々に絞り込んでいたが、問題となった過電流がなぜ発生したのか、なかなか特定には至らなかった。

参考:H3ロケットの失敗は短絡の可能性が強まる、具体的な故障シナリオの検討へ

しかし、H3は打ち上げを待つ衛星も多く、原因究明にあまり時間をかけすぎることもできない。まだ3つの故障シナリオが残っていた段階だったが、1つに特定することはせず、この3つ全てに対策を施すことで、より早く飛行を再開させる方針を決めた。

最後まで残っていた故障シナリオは、以下の3つ。それぞれの詳細や対策などについては、添付の図を参照して欲しい。

  1. エキサイタ内部で軽微な短絡、着火信号後に完全に短絡
  2. エキサイタへの通電で過電流状態が発生
  3. PSC2 A系内部での過電流、その後B系への伝搬
  • 3つの故障シナリオと対策

    3つの故障シナリオと対策 (C)JAXA

上記(1)と(2)はH-IIAと共通する要因のため、H-IIAでも対策を実施。改良点を反映させた47号機は9月7日に打ち上げられ、成功している。(3)だけはH3固有の要因であるため、2号機で対策を施し、飛行実証を行う。

  • H3の第2段エンジン

    H3の第2段エンジンは、上流側の電気系は大幅に変わったが、下流側のエンジン部はH-IIAとかなり共通している (C)JAXA

さらに、前回の失敗への直接的な対策ではないが、信頼性をさらに向上させるため、計測データの充実化や、冗長切り替えロジックの改善なども行っている。

  • 信頼性向上のための取り組み

    信頼性向上のための取り組み (C)JAXA

上記(1)と(2)の要因であるエキサイタは、H-II時代から使われている機器。それだけに、ここで問題が発生する可能性があったというのは驚きだが、JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャは、「枯れた技術を使う難しさを感じた」と述べる。

  • JAXAの岡田匡史・H3ロケットプロジェクトマネージャ

    JAXAの岡田匡史・H3ロケットプロジェクトマネージャ

今回の件に関しては、H-II時代から実績があるような古い機器について、評価や確認が不十分だったという反省がある。JAXAは今回、そういった背後要因にも踏み込み、改めてH3に潜在的な問題点が無いかを検証。その結果、設計等への反映事項は無いことが確認できたという。

  • 背後要因の分析結果

    背後要因の分析結果 (C)JAXA

信頼性を重視する宇宙業界では、枯れた技術を使うのはこれまで定石とされていた。しかし、昨今はSpaceXのように、凄まじい勢いで改良を加えていくような民間企業もある。問題が無ければそのまま使い続けるのか、それともより良く進化させ続けるべきなのか。そのあたりも改めて考えていく必要があるかもしれない。

H3ロケット2号機のミッション詳細

H3ロケット2号機には当初、先進レーダー衛星「だいち4号」(ALOS-4)を搭載し、機体はブースタ無しの30形態を初めて使う計画だった。しかし、初号機の打ち上げが失敗し、だいち3号を失うという事態になり、これを変更。より慎重な判断として、ダミーペイロードを搭載し、初号機と同じ22形態で打ち上げることとなった。

  • H3ロケット2号機の機体構成

    H3ロケット2号機の機体構成 (C)JAXA

このダミーペイロード「VEP-4」(Vehicle Evaluation Payload 4)は、「大きな電柱」(岡田プロマネ)のような形をしたアルミの塊。高さは4m弱、重さは約2.6トンで、だいち3号の重量と重心位置を再現している。飛行経路も初号機と同等。初号機と同等のミッションにしたのは、最短時間で飛行再開を実現するためだ。

  • 「VEP-4」の概要

    「VEP-4」の概要 (C)JAXA

また今回の打ち上げには、公募で決まった2機の小型副衛星「CE-SAT-IE」(約70kg)と「TIRSAT」(約5kg)も搭載する。本来、ダミーペイロードだけならもっと自由に打ち上げ時刻を決められるのだが、秒単位のウィンドウが設定されているのは、小型副衛星の観測ミッションを考慮した結果ということだ。

2号機の打ち上げは、第2段エンジンの燃焼終了(SECO1)までは初号機と同様。違うのはここからで、まず小型副衛星を分離して軌道に投入。地球を1周してから、第2段エンジンを再着火して減速、機体を再突入コースに入れる。その後、VEP-4の分離実証を行うが、これは地球を周回せず、第2段と一緒に再突入させて処分する。

  • H3ロケット2号機の飛行計画

    H3ロケット2号機の飛行計画 (C)JAXA

VEP-4は、ロケット側の衛星分離部(PAF)とはストッパボルトで結合されており、分離しても1cm程度で止まるようになっているという。VEP-4は単なる金属塊でセンサーなどは設置されていないが、衛星に与える分離の衝撃などについては、ロケット側の加速度センサーの計測結果から推定できるということだ。

成功基準(サクセスクライテリア)もやや特殊だ。通常だと、衛星を所定の軌道に投入できれば打ち上げは成功となるが、今回搭載したVEP-4は軌道に投入しない。岡田プロマネは「2号機のメインミッションはH3ロケットの軌道投入。飛行実証は結果と評価をセットで考え、評価ができればサクセスだと考えている」との認識を示した。

H3ロケット2号機のフライトシーケンスCG。ミッションの一連の流れが非常に分かりやすい

30形態や第1段エンジンの開発状況は?

2号機が30形態から22形態に変更となったことは前述の通りだが、では30形態はいつ打ち上げるのかということについては、まだ決まっていない。当然、2号機の結果次第で状況が大きく変わるという事情があるのは仕方ないにしても、もし2号機が成功した場合でも、ではすぐに次は30形態になる、とは言い切れない。

  • H3ロケットの機体形態

    H3ロケットの機体形態。ブースタ無しの30形態は、ある意味、最も“H3らしい”形態である (C)JAXA

岡田プロマネは、「22形態はいろんなミッションに対応できるものなので、それを確実に運用できる状態にするのが第一と考えている」とコメント。30形態については、「今はニーズやタイミングを合わせて検討しているところ。計画がまとまったら報告したい」と言及にするに留めた。

H3は当初、2020年度の完成予定だった。すでに大幅に遅れており、その間、打ち上げられなかった衛星が多く溜まっている(この影響で火星衛星探査計画「MMX」は2年延期されてしまった)。22形態であれば、当然30形態の予定だった分の打ち上げもカバーできるし、30形態よりコストは高くなるものの、それでもH-IIAの同等以下だろう。

もし30形態を早期に完成させるとなれば、22形態の打ち上げスケジュールに割り込む形で、射場でCFT(実機型タンクステージ燃焼試験)を行うことになる。新規開発要素のために、設備/人員のリソースも必要だ。ある程度待機中の衛星が片付くまで、当面の間は22形態または24形態の打ち上げに専念する、という判断もあり得るだろう。

  • 宇宙基本計画の工程表

    宇宙基本計画の工程表。すでに数年先まで打ち上げが詰まっている

なお、2号機は初号機と同じ22形態だが、第1段エンジン「LE-9」は、初号機が「タイプ1」を2基搭載していたのに対し、2号機はそのうちの1基を「タイプ1A」に変更する。LE-9の完成仕様は「タイプ2」であるが、タイプ1Aは「タイプ1.5と言えるようなもの」(同)で、当面はこのタイプ1Aを使用していくという。

  • LE-9エンジンは段階的に改良を進める計画 (C)JAXA

    LE-9エンジンは段階的に改良を進める計画 (C)JAXA

当初、タイプ2は2号機から投入する計画だったが、液体水素ターボポンプ(FTP)の共振の問題が解決しなかったため、中間バージョンとしてタイプ1Aを用意した。この2種類のエンジンは、推力は同等で、比推力は少し違うとのこと。ただ、打ち上げ時に並んだ2種類のエンジンの燃焼を見ても、違いはまず分からないそうだ。

タイプ1Aは、認定燃焼試験(QT)を2023年8月10日より開始。試験はほぼ予定通りの日程で進み、12月12日までに合計8回実施し、全て成功した。岡田プロマネは、「エンジンとしての完成度はだいぶ高まっている」と、自信を見せる。

  • 認定燃焼試験(QT)の結果

    認定燃焼試験(QT)の結果。大きな問題も無く順調に完了した (C)JAXA

2号機の機体は現在、種子島宇宙センターで、打ち上げに向けた整備作業を実施中。今後、PSC2を対策品に交換し、機能点検を行ってから、フェアリングの組み立てやリハーサルに進む予定だ。

  • 射場での準備状況

    射場での準備状況 (C)JAXA

岡田プロマネは「1回失敗しているので、まずは2号機を成功させたいという思いでやっているが、H3ロケットはそこから先が勝負」と認識。「今は登山で言うと9合目くらいの感覚だが、山頂からハンググライダーで飛び立ち、遠くへ行けるように、H3に磨きを掛けていきたい」と意気込みを述べた。