東京大学(東大)は10月25日、「二酸化ハフニウム」(HfO2)系強誘電体が「絶縁破壊」を起こす様子を電極越しに可視化することに成功したと発表した。

同成果は、東大物性研究所の藤原弘和特任研究員、同・大学大学院 新領域創成科学研究科のバレイユ・セドリック特任研究員(研究当時)、同・谷内敏之特任准教授(東大 連携研究機構 マテリアルイノベーション研究センター)、同・辛埴特別教授、東大 生産技術研究所の糸矢祐喜大学院生(東大大学院 工学系研究科)、同・大学院 工学系研究科 附属システムデザイン研究センターの小林正治准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学に関する全般を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

  • 絶縁破壊によって形成された伝導パスの可視化

    絶縁破壊によって形成された伝導パスの可視化(出所:東大Webサイト)

強誘電体メモリ(FeRAM)は、強誘電体の分極を利用して電源がオフの状態でもデータを保持することが可能で、高速かつ低消費電力であることから、交通系ICカードなどにすでに応用されている。しかし従来の強誘電体材料では、小さな保持電界や材料固有のサイズ効果などの理由で膜厚が数100nmを必要とするため、メモリデバイスの微細化が難しく集積デバイス技術として大きな市場を形成できていなかったという。

そうした中で、CMOSプロセスで用いられているHfO2系材料に強誘電性が発現することが発見された。10nm以下に薄膜化してもリーク電流を抑えて強誘電性を示すこと、大きな保持電界を持つこと、10ns以下でスイッチングが可能なことから、強誘電体の微細化の課題を克服できる材料として注目されている。

PCやスマートフォンのワーキングメモリを、現行のDRAMからFeRAMに置き換えるための残された課題の1つは書き込み耐性だ。FeRAMをワーキングメモリとして利用するには、10の9乗(10億)回から10の15乗(1000兆)回の書き換え耐性が必要だが、現状のHfO2系強誘電体キャパシタのそれは10の6乗(100万)回から10の9乗回の間に留まっていた。

書き込み耐性を向上させるには絶縁破壊を抑制する必要があるが、そのためには絶縁破壊の過程を解明しなければならない。その実験的な解明には、デバイス形状を維持したまま、非破壊的な顕微手法でデバイスを観察することが求められるという。そこで研究チームは今回、「レーザー励起光電子顕微鏡」(Laser-PEEM)をデバイス観察に適用することにしたとする。

Laser-PEEMは紫外線レーザーを物質に照射し、光電効果によって真空中に放出された電子(光電子と呼ぶ)を電子光学システムによって拡大投影することで顕微像を得る手法だ。固体中の電子は、電気伝導などの物理的性質を支配していると同時に物質の化学的な情報をまとっているため、その電子を直接的に観察できる同手法は材料が示すさまざまな特性を理解するのに役立つとする。

  • レーザー励起光電子顕微鏡による伝導パスの可視化の模式図

    レーザー励起光電子顕微鏡による伝導パスの可視化の模式図(出所:東大Webサイト)

今回の研究では、デバイスへ電圧を印加しながら欠陥密度が変化する様子を観察できるように電気計測システムを実装した「オペランドLaser-PEEM」装置が開発された。同装置の特徴は以下の通りだ。

  1. 収差補正技術と連続波レーザーの組み合わせにより約3nmの解像度を持つ
  2. 4.66eVという低いエネルギーのレーザーを用いることで、欠陥に敏感な測定ができ、かつ約100nmにも及ぶ検出深さを持つ
  3. 顕微鏡観察と同時に書き換え耐性を評価できるため、書き換え電圧印加以外のデバイスの特性変動要因を排除できる

次に同装置を用いて、HfO2系強誘電体の中でも比較的耐久性の高い「Hf0.5Zr0.5O2」を使ったクロスバー型キャパシタの絶縁破壊過程が調査された。その結果、絶縁破壊後の電気伝導パスを30nm厚の電極越しに明瞭に可視化することに成功したという。さらに、完全な絶縁破壊の直前にわずかなリーク電流が増加するという絶縁破壊の"前兆"があり、この時にキャパシタの1/4程度の範囲に渡って欠陥密度が増加する様子も同時に可視化された。

  • Laser-PEEMによって観察されたスイッチング回数の増加に伴う強誘電体キャパシタの欠陥分布

    Laser-PEEMによって観察されたスイッチング回数の増加に伴う強誘電体キャパシタの欠陥分布。リーク電流計測で絶縁破壊の兆候が観測されたと同時に、キャパシタの左上の領域で欠陥密度が増加していることが示された。絶縁破壊後のLaser-PEEM観察像では、伝導パスが明瞭に可視化されている(出所:東大Webサイト)

従来、絶縁破壊直前のリーク電流の増加は強誘電体膜中の全体に渡る欠陥の増加か、または局所的な伝導フィラメントの成長によるものであると考えられてきた。しかし今回の研究成果から、それらの絶縁破壊過程モデルとは異なり、キャパシタの中の一部の領域でのみ欠陥密度が増加、それに伴い抵抗が変化するということが判明した。

  • 絶縁破壊後の強誘電体キャパシタのLaser-PEEM像と走査型電子顕微鏡像の比較

    絶縁破壊後の強誘電体キャパシタのLaser-PEEM像(左)と走査型電子顕微鏡像(右)の比較。走査型電子顕微鏡の検出深さは1から10nm程度であり、30nmの上部電極越しに伝導パスを観察することが困難である。一方、Laser-PEEM像では伝導パスが可視化できることが明瞭に示された。この比較から、Laser-PEEMは走査型電子顕微鏡よりも深くに埋もれた層を観察可能であることがわかる(出所:東大Webサイト)

今回可視化に成功した伝導パスは、電子デバイスの非破壊検査手法として広く用いられる走査型電子顕微鏡では観測することが困難だという。同顕微鏡とは異なる情報を与えるLaser-PEEMは、相補的で強力な検査手法であるといえるとした。