ものづくりの世界で、今もっとも大きな潮流は「民主化」という動きだ。3Dプリンターなどのデジタル工作機械やネットでたのめるデジタル製造サービスを使うことで、いままで大企業しかできなかったことが、零細企業や個人でも可能となりつつある。このような「ものづくりの民主化」によって、製造業はどう変わっていくのか。 今回の対談では、3Dプリンターのビジネス利用などのコンサルティングを行うイノベーティブ・ジャパン株式会社の浅見純一郎氏(以下:浅見氏)を招き、氏が入居するコワーキングスペース「MONO(モノ)」にて、ものづくりに関わる方々に日本のものづくりの未来について意見が交わされた。
なお、コワーキングスペースMONOは、「世界を代表するMONOづくり・コンテンツ創造のHUBになる」ことを目的とし、2013年3月にお台場・テレコムセンタービル内にオープンした、ものづくりに特化したコワーキングスペースである。3Dプリンターやレーザーカッターなど、ものづくりに必要となる数々の機材を設置しており、ものづくりに関わる起業家やアーティストが数多く集まるコミュニティとなっている。 <MONOホームページ>

3Dプリンターを通じて生み出せる付加価値

イノベーティブ・ジャパン代表 
浅見純一郎氏

浅見氏: 私は「MONO」に入居してまだ1ヶ月ほどですが、3Dプリンターに凝っていろいろな模型をつくりました。ここはマニュアルが整備されていますし、スタッフに聞きながらつくることができます。「簡単にできる」というのは、ものづくりの民主化のために欠かせない要素ですね。簡単にものづくりができるわけですから。 また、3Dプリンターは人との出会いも提供してくれます。たとえば「MONO」に入居されている方で、3Dプリンターをアイドルのイベント企画に活用されている方がいらっしゃいました。このように、今までの仕事では出会えなかった色々な方からは、大きな刺激をもらえます。そこから新しいビジネス、発想が生まれていきますね。

パン氏: 確かに、同じ人と同じ場所で同じやりかたで仕事をやっていても、革新的なアイディアは生まれては来ません。私は、このMONOのような場で、異なる背景、異なる技術を持つ人が出会うことが、3Dプリンターを使いこなすために必要だと思っています。

浅見氏: 私も、今までの経験を活かして、どうやって3Dプリンターをビジネスに使っていくかを考えています。これまで私は、ITを使った経営管理・生産管理などのコンサルテーションをしてきました。例えばモニタ越しに2次元のグラフを眺めるよりも、3Dプリンターで製作したオブジェクトをベースに数値情報を共有したほうが、企業状況をより正確に伝えることができるのではないかと思っています。例えば地域別の収益データを、まさに手に取りながらその規模を把握し、意志決定などができるわけですから。このように、手軽に使える3Dプリンターがあるからこそ「ものづくりの民主化」ができるのだと思います。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏: ものづくりの民主化は、3Dプリンター以外でも広まってきていきます。弊社のお客様には、もともとソフトウェアのエンジニアだった方がいます。彼は、iPhoneやスマホを通じて家の中の家電をネットワークで遠隔操作できるITグッズを2年前に起業して開発しました。これは、いまハウスメーカ各社が注力している「スマートハウス」の先駆けです。ネットでたのめるデジタル製造サービスによって新しい製品を生むことができたわけです。具体的には、起業したてのこの方の会社でも、電子基盤と樹脂筐体の小ロット生産を簡単にネットで外注できたことで、大企業のような資本がなくても付加価値のある斬新なITグッズを製品化できたのです。

浅見氏: 3Dプリンターでも大きな付加価値が創造できれば、同様なものづくり革命が起こせそうですね。はやくそのような応用領域を見出したいと思っています。

先進国が目指すべき、アメーバ的なものづくり

浅見: これからは、3Dプリンターを扱う時にも、師匠みたいな人がいて、徒弟制のように学んでいけるようにすべきだと思います。それがある種の標準化になります。長くその世界で学んだ人が、標準化して、みんなに伝えていく。教わる人はそれぞれスキルを持っているわけですから、例えばITのスキルを活かしていけば、より高度なものがつくれるようになっていくはずです。

パン氏: 標準化ですね。それは非常に面白い話題だと思います。私は、量産のような標準化して効率を上げるところと、アイディアにより付加価値を伸ばすところを明確に分けることが必要だと考えています。中国やベトナムやミャンマーの人々と日本人の給与差10倍や20倍というような差異を標準化と効率アップで埋めることはできません。高い賃金の中では、どれだけ付加価値を高めるのかが大切です。

それなら、10%や20%などのレベルの効率アップをする手法などに手間をかけて教えるよりも、全く新しいアイディアによる付加価値がついてさらに伸びるところに教育の時間をかける。そんな教育システムが日本でも必要ではないでしょうか。 今までは分業化された「製品の機能部分」のものづくりの改善を主にやっていればよかったわけですが、これからは、3Dプリンターに象徴されるような、アメーバのように従来のものづくりでは想定外だった領域に広がって行くようなものづくりがあっても良いかもしれません。今は、まだどこも何をやっていいのか分からない状態かもしれません。でも、もし多くの斬新なアイディアの方向性がまとまって、日本だけにしかできないものづくりが見つかれば、それが世界に対する競争力になります。日本のような先進国でやるものづくりは、このようなスタイルが合うのではないでしょうか。「MONO」ではまさにそれが取り組まれていると思います。

浅見氏: そんなエキサイティングな時代が、目の前に迫っています。

未来のものづくりのために、今できること

浅見氏: ものづくりが民主化していくにつれ、異なる背景を持つ人が交わってくるわけですが、これでイノベーティブな力が生まれやすくなると思います。日本も、今までやってきたことを取捨選択して、いかにイノベーティブなことをやるかが鍵となるでしょう。個人的には、教育が大事だと思っています。子どもたちに、新しいイノベーティブなことを考えられる力、コミュニケーションをする力を広めていきたいですね。

パン氏: 私たちもできれば人の役に立つものや、自分にしか出来ないものをつくりあげたいという方たちの力になりたいと思っています。それが教育のツールになるのか、生活が変わるような製品か、便利グッズなのか、方向性はさまざまですが。ただ、3D プリンターでもそうですが、ものづくりを民主化するには、3D CADで設計したデータがどうしても必要になります。2D図面を職人が解釈しながら素早く多くの自由形状を製造するのには、限界があります。我々はその3Dデータをネット経由で受けて、自動化を駆使した切削加工や射出成形でメカパーツを作るのが専門ですが、子供たちがゲーム感覚で習得した3D CADを使いこなして創発したアイディアを、たとえば「MONO」で、その子どもたちと一緒に作り出していけたら面白いですね。

<対談者プロフィール>
浅見純一郎氏 イノベーティブ・ジャパン株式会社 代表取締役
大手監査法人系コンサルティング会社に在籍中、企業に経営・業務・ITシステムの改善のコンサルティングをしてきた経験を活かして、イノベーティブな活動を企業で実施することをサポートしている。 特に、各業務におけるITを活用したBPRを主にしており、営業・R&D・生産・経理業務のおけるカイゼンをクライアントと一緒に計画策定・実行支援を行っている。 また、ITに加え、3Dプリンターなどの多品種製造に適した装置が普及してくることを想定して、新たなBPRを構想し、企業における生産工程や販売業務のカイゼンを日本の企業へ提案。
イノベーティブ・ジャパン株式会社ホームページ http://www.innovative-jp.asia