岡山大学(岡山大)は7月25日、ヒト乳がん由来「SKBR-3細胞」にタンパク質「カベオリン(Cav-1)」の遺伝子を導入することにより、抗体医薬に対する耐性に関わるタンパク質と耐性機構の1つを明らかにしたと発表した。

成果は、岡山大大学院 自然科学研究科 ナノバイオシステム分子設計学分野の妹尾昌治教授、同・笠井智成助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月21日付けで米科学雑誌「Journal of Cancer」に掲載済みだ。

乳がんの特効薬として一躍脚光を浴びた抗体医薬品の「トラスツズマブ」は、がん細胞の表面に発現しているタンパク質「HER2」(または「ErbB2」)を標的とする分子標的薬だ。がん細胞の表面にトラスツズマブが結合すると、マクロファージやNK細胞といった免疫細胞によってがん細胞が殺される。これは「抗体に依存した細胞傷害効果(ADCC)」と呼ばれ、トラスツズマブが効果を示す仕組みだ(画像1)。

画像1。トラスツズマブによる効果の仕組みの概念図

しかし、HER2高発現のがん細胞であってもトラスツズマブが治療効果を発揮できない患者が多いことが問題だった。妹尾教授らの研究チームは、かねてより細胞の種類により、HER2が細胞内に取り込まれたり取り込まれなかったりすることを見出しており(画像2)、これにはCav-1の有無が関与することを示唆する実験結果も得られていた(画像3)。

画像2。EC1刺激によりHER2が細胞内へ移行する細胞としない細胞がある

画像3。遺伝子の発現解析から、「SKOV-3」はCav-1を発現しているが、SKBR-3には発現がないことが判明している

今回、Cav-1遺伝子により形質導入したHER2高発現細胞では、抗体が結合したHER2はCav-1の働きに依存してがん細胞内に取り込まれるため、血液中の免疫細胞は抗体を認識できないことからADCCが起こらず、抗体薬に対して耐性となる機構が明らかとなった。

また、HER2に特異的に結合する人工ペプチド「EC1」にヒト免疫グロブリンG(IgG)のFcドメインを融合したキメラ型の抗体タンパク質「EC-Fc」を用いた解析によっても、この細胞はトラスツズマブと同様に耐性を示すことが明らかとなっている。一方、Cav-1を発現していないHER2高発現の細胞では細胞内への移行が認められていなかった(画像4・5)。

Cav-1遺伝子を導入した細胞(各上段)ではトラスツズマブ、EC1ペプチドがそれぞれ細胞内に局在しているが、SKBR-3細胞(各下段)では細胞表面に結合している。免疫細胞は細胞表面の抗体を認識して殺傷する。画像4(左):トラスツズマブと Cav-1タンパク質の局在。画像5:EC1ペプチドとHER2の局在

今後、Cav-1の発現量がトラスツズマブによる治療方針の大きな判断材料となることが期待でき、また治療予後の予測にも役立つと考えられるという。さらに、今回の発見に関連して、妹尾教授らはHER2を高発現しているがん細胞を標的としてがん細胞を殺傷する効果が、Cav-1の発現量に依存しない新しい分子標的薬の開発にもすでに成功している。このため、抗体薬による治療で効果が認められないがんに対する治療薬の開発が大きく進展することが期待できるとした。

それに加え、抗体は標的に対する特異性が高く、副作用が少ないのでがんや難病の治療薬としての開発が進められているという。また、抗体を利用した標的医薬品の研究も進んでいる。今回の研究の知見は、これらの治療薬を選択する1つの判断材料として利用できると考えられるとした。さらに、抗体の細胞内への移行の有無によって、標的薬の剤形・構成成分をいかに組み合わせるかは重要だが、薬剤スクリーニングへの応用も期待できるとしている。