いよいよ連載最終回となる今回は、メキシコのアートで締めくくろうと思う。文化遺産にも指定されているルイス・バラガン邸やメキシコを代表するアーティスト、フリーダ・カーロのアトリエなどを皆さんに見ていただきたい。

街に建っている民家と壁面に張られたタイル。鮮やかな色合いが目を引き、普通に歩いていてもアートを感じさせてくれる

私たちが最初に訪れたのは、ルイス・バラガン邸。メキシコの建築家で、建築を志すものにとっては憧れの巨匠といっても過言ではないルイス・バラガンが自ら設計した自宅兼アトリエである。まず玄関を通ると、外界の暑さから隔絶されたひんやりと優しい空間にいざなわれる。「この感じ、どこかでも味わった記憶が……」と思い出したのがおばあちゃん家の土間(笑)。土間に似た入ってすぐのちょっとしたスペースが外気を冷ましてくれる。

ルイス・バラガン邸の外観と屋上部分

そして目を引いたのが、明かり取りの窓。上部に小さく設けられ、そして黄色いガラスがはめ込まれていた。イエローフィルターは青い波長、つまり紫外線をカットし、人の肌をきれいに見せてくれる。「暖かい雰囲気の色合いだけど涼しげな光だなぁ」と感じるのは、こうした工夫によるものなのかと感心する。この黄色い光こそがバラガンの特徴のように私は思った。メキシコの朝日にそっくりなイエローの光は、ゲストルームの寝室や廊下にも使われていた。

玄関を抜けると、ピンク色の壁と黒い階段が現れ、驚かされる。同じ家の中でも空間によって大きくイメージが違う。居間に入ると、中庭に面した部分に大きな窓が。先ほどの玄関とはまったく違う開放的な雰囲気が漂い、中庭にたくさんの緑があるからか、部屋の空気は冷房が入っていなくてもひんやりと冷たく居心地が良かった。

バラガン邸から歩いて15分程の所にあるヒラルディ邸もバラガンの作品。ここは個人のお宅で、「アートスペースです」と警備員が24時間監視しているような施設ではないのだ。実際私が訪れた時にもここの主なのかおじいちゃんがランチ中だったし、2階では子供たちが寝ているし。巨匠が建てた家で、人々がごくごく普通の日常生活を送っていた。アートスポットを見学する! というより、知り合いのお宅に訪問するといった感覚だった。

ヒラルディ邸の内部。SHARP「AQUOS」のCMに登場していたので、見覚えのある方もいるのでは?

こちらもヒラルディ邸

ルイス・バラガンの作品は世界文化遺産に指定されているものもあるが、バラガンの知名度は日本ではまだまだ低いのではないだろうか。しかし、日本を代表する建築家、安藤忠雄氏をはじめ、多くの建築家はバラガン建築のファンと聞く。下の写真はバラカンに強く影響を受けたメキシコの有名な建築家、リカルド・レゴレッタがオリンピック選手村用に建てたもの。現在はホテルになっている。大胆な色の組み合わせや光の取り込み方に、バラガンの影響を強く感じとることができる。

今はホテルとして利用されているリカルド・レゴレッタの作品

そして、メキシコと言えば忘れてはならないアーティストの一人にフリーダ・カーロがいる。メキシコでは、その悲劇的な人生を描いた映画が上映されたことから、アートにあまり詳しくない人々の記憶にも彼女の存在が刻み込まれているという。フリーダ・カーロとは、この連載の4回目にも登場した著名な画家、ディエゴ・リベラの妻。ここからは、フリーダの生涯を解説しつつ、2人のアトリエを紹介しようと思う。

フリーダの絵は彼女の人生そのものであり、彼女のその境遇を知らなければ決して理解できない絵だといえるのではないだろうか。1925年、偶然乗ったバスが路面電車と衝突。ステンレスの手すりが彼女の腹部を貫き、脊髄と骨盤はそれぞれ3カ所、右足は11カ所の骨折、その他にも肋骨や鎖骨が折れるという状態に。以降、数十回にも及ぶ手術を受け、コルセットをつけた生活を送ることになってしまう。晩年には体の自由が利かなくなるのだが、そんな状態でも横になりながら自らの人生の苦痛を絵筆に込め、絵を描き続けた。

フリーダ・カーロの生家

このあまりにも壮絶な人生を他人が想像するのは容易ではないが、フリーダの作品の中に登場する彼女自身は、傷だらけで弱りきった現実の身体とは違う。メキシコの民族衣装を身にまとい、誇り高く生きぬいた強い女性を感じさせる。彼女の遺品が置かれている部屋でコルセットや彼女が使ったであろう小さなベットを見ると、胸が締め付けられるような気持ちになった。

下の写真はディエゴ・リベラと彼女が住んでいたアトリエ兼住居。ここでは多くの作品が生み出され、またたくさんの画家や文化人がアトリエを訪れて交流を図っていたという。まさにここは当時、メキシコ文化の拠点だったといっても過言ではないのだろうか。

ディエゴ・リベラとフリーダ・カーロのアトリエ兼住居

全6回と駆け足ではあるが、メキシコの遺跡や歴史的建築物を中心に紹介してきた。私は考古学者でもないし、アートに特別詳しいというわけではない。しかしその分、観光の際には難しいことを考えずに、ありのままを受け入れることができたせいか、非常に楽しく、また興味深い経験ができた。皆さんはなかなかメキシコに行く機会はないと思うので、この連載を見返しつつ、少しでもメキシコの空気を感じていってもらいたい。