岩手、宮城、福島の3県で、今年7月24日のアナログ停波が延期される。さらに、この3県では、衛星放送による「地デジ難視聴対策衛星放送」が一時的に利用できるようになる。被災地では、従来のアナログテレビも見ることができ、衛星放送アンテナを自前で取りつければほとんどの地域で、難視聴対策用の放送を見ることができるようになる。すでに昨年9月の調査で、岩手では93.3%、宮城では90.7%、福島では93.9%の家庭でデジタル放送が普及していたが、これは全国平均の約95%より下回っていた。特に問題になるのが、山間部の難視聴地域で、ここは共同受信設備を設置しなければならない。これから復興をする上で、テレビの共同受信設備の設置は優先順位が低くなるのは当然のことだろう。そもそも、今年の7月では、被災者全員が仮設住宅に入れるかどうかすら危ぶまれている状況なのだ。

ただし、アナログを停波した後の周波数帯は、すでに携帯電話などで使用することが決まっている部分もあり、延期しても最大で1年程度ではないかといわれている。

ところで、地デジ化をする理由は「電波の有効利用」と「災害に強い情報提供」だった。ところが、最近はこの「災害時の情報提供」のことがいわれなくなっている。これは2007年に起きた新潟県中越沖地震で、地デジ放送がほとんど災害時に役立たないということがはっきりしてしまったからだ。

被災者が知りたいのは、避難所の場所や水、食料の配給場所、安否情報といったごく身近な情報だ。しかし、今回もほとんどの人が見てわかっていると思うが、民放の特別番組は概観的な報道か、場合によっては扇動的な内容が多かった。その中でも、NHKはかなりがんばっていた。中越沖地震のときも、NHKは地デジ放送をマルチ編成にして、新潟県では本放送とローカル編成の番組を同時放送して、地元向けの情報提供を行った。今回の東日本震災でも、Ustreamへサイマル配信したり、YouTubeで子供番組を流すなど、かなり積極的で有効な対応をしている。

その中でも、注目すべきなのは、安否情報だ。NHK教育では、避難所で安否が確認された人の住所と名前を集めて、それをアナウンサーが延々と何時間も読み上げるという放送を行っていた。これはテレビ局として、できることを懸命にやったのだから、批判をすべきことではないが、やはり放送の限界をだれもが感じただろう。もともとの地デジ構想では、このような安否放送は、データ放送で行われ、住所や名前で検索ができるはずだったのだ。

一方で、グーグルは震災から数日でパーソンファインダーを立ちあげた。これは避難所の掲示板に貼り出された安否情報を、携帯電話のカメラなどで撮影して、グーグルにアップロードしてもらうというものだ。さらに、有志のボランティアが、写真を見ながらテキスト入力することで、住所や名前で検索ができるようにもした。

別にテレビがダメだといいたいわけではない。このような大事のときには、あらゆるメディアがそれぞれの持ち味を活かして総動員されるべきで、「ひとつのメディアですべてやります」という考え方は間違っているということをいいたいのだ。

では、地デジが今後できることはなにがあるだろうか。まずはテレビ局に誠実な放送をしてもらうことだ。9.11のときの、旅客機がワールドトレードセンターに激突するという衝撃的な映像はだれもが覚えているだろう。しかし、一月ほどしてから、その映像がほとんどタブーのようにテレビに現れなくなったことにお気づきだろうか。これは米国のテレビ局が自粛をしたためだ。事件でショックを受けた子供がその映像を見ることで、精神的に重い負担を受けてしまうという理由だ。また、ごく小さい子供は、録画であるということが理解できずに、映像を見るたびに「なんで、何機も何機も旅客機がビルに体あたりしているのか? いつになったら衝突は止むのか?」とパニックになる例もあったという。

日本のテレビ局も、津波、地震、原発の爆発などの刺激的な映像は極力自粛すべきだ。もちろん、検証報道などでどうしても映像を使う必要も多々あると思う。その場合は、「小さな子供にとって刺激的な映像が使われています」というテロップを入れて、親が映像を見させずにすむように配慮してほしい。

また、この夏は計画停電の実施が必要な状況だ。一部ではテレビ放送を輪番休止するという話も出ているが、可能ならば輪番ではなく、電力ピーク時に一斉休止することをテレビ局側から提案してほしい。もちろん、多くの人が番組を楽しみに見ているのだと思うが、中には「音がないと寂しいから」という理由でつけている人も多い。この場合、輪番休止では、節電効果が小さい。1年ほど前の液晶テレビの消費電力は130W程度、最新のもので100Wを切るものも登場している(32型液晶テレビの場合)。ものすごく省エネなのだが、それでも東京電力のカバーする2400万世帯で単純合計すると240万KWになる。もちろん、全世帯がテレビをつけていたわけではないから、そのまま240万KWの節電になるわけではないが、決して無視のできない数字ではあるだろう。

さらに、昼間音がないと寂しいと感じる人は、ラジオを聴くかもしれない。多くのラジオは乾電池(エネループなど充電池を使えばエコでもある)で動作するので、電力問題に直接は影響しない。しかも、ラジオをもっていない家庭が増えている今、ラジオを聴くというのは、防災という観点からも好ましいことだ。

このコラムでも何回か扱ってきたが、「地デジは災害時にも有効」はもはや否定された。というより、私個人の意見では、災害に特別役立つわけではないことは最初からわかっていた。つまり、地デジは、「画面が大きくて、きれいな」ぜいたくなテレビ放送にしかすぎないのだ。だからといって、今さら地デジ化を中止するわけにはいかないし、そこに積極的に反対をしてこなかった私たち視聴者にも問題がある。だとしたら、今後やるべきことは、「可能な限り、地デジを災害にも有効活用する努力」しかない。ぜひ、テレビ局側から声をあげて、テレビだからできる災害への貢献を積極的に行っていただきたい。

東日本の復興が軌道に乗ってから以降は、良心を欠いたビジネスは消費者からそっぽを向かれて、市場から撤退することになるだろう。私たち視聴者も、テレビ局だけでなく、さまざまな企業が良心に基づいたビジネスをしているのかどうかを、この機会にじっと見ておく必要がある。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。