今やすっかり大阪B級グルメの代表として定着している「串カツ」。特に大阪市浪速区にある通天閣周辺、いわゆる新世界と呼ばれる界隈には多くの串カツ店があり、大阪を訪れる観光客の中には、「新世界で串カツを食べること」を旅行の目的のひとつとしている人も多い。
2度漬け禁止とキャベツの関係
東京では「串揚げ」と呼ばれることも多いが、串揚げというと1本の串に肉や玉ねぎが連ねて刺さっているものというイメージもあるのに対し、大阪の串カツは1本の串に1種類の具材が基本。
牛の串カツ、玉ねぎの串カツ、うずら(卵)の串カツなどなど単品メニューがズラリと並んでおり、客はその中から好きなもの1品ずつ注文していく。ちなみに、新世界の串カツ店は1本100円前後~が相場で、1人3,000円以内で十分満足のいく飲み食いができる。
また、新世界の串カツ店ではとんかつソースではなくウスターソースでいただくのが一般的。ソースはカウンターやテーブルのところどころに置かれた共用のステンレス容器に入れられており、これに自分が注文した串カツをつけて食べる。このため、一度口を付けた串カツを再度そのソースにひたすのは衛生上好ましくないということで、あの有名な「ソースの2度漬け禁止」ルールが設けられたわけだ。
さらに、ソースの入った容器に並んでざく切りの生キャベツが入った容器が置かれてあったり、席に着くと最初に皿やボウルに盛られたキャベツが出てきたりするお店も多い。このキャベツは食べ放題のサービスとなっており、パリっとした食感が串カツの合間の箸休めにばっちり合っている。
また、客の中には、一度口をつけてしまった串カツにどうしても再度ソースをつけたい場合に、このキャベツでソースをすくって自分の串カツ皿に取るという使い方をする人もいる。
やや衣が厚めなのも新世界の串カツの特徴と言えるだろう。元々この新世界界隈(かいわい)の串カツ店は、安価で飲み食いできるお店として低賃金の肉体労働者から重宝されていたもの。そのため、少しでも満腹感を得てもらえるようにと、衣の量が多くなっているわけだ。今でも新世界では、日雇い労働者などが仕事のあった翌日に昼間から串カツ店で一杯やっている光景をよく目にする。
80年以上の歴史を持つ元祖串カツ店
こうした大阪・新世界名物・串カツの原点とも言えるのが、「元祖串かつ だるま」というお店。昭和4年(1929)に新世界にて創業した元祖・串カツ専門店で、先述のソースやキャベツに関することなど新世界の串カツスタイルの多くが、このお店発祥となっている。
今でこそ新世界界隈の3店舗を始め、12店ものチェーン店を展開している「だるま」だが、まだ今の「新世界総本店」に当たる1軒のみだった頃、3代目大将の時代に閉店の危機があった。高齢のため、体力が衰えていた大将が病に襲われてしまったのだ。その危機を救ったのが、“浪速のロッキー”の異名を取った元プロボクサーで現タレントの赤井英和氏である。
学生時代から「だるま」の串カツをこよなく愛し続けてきた赤井氏は、3代目大将が店をたたもうとしていることを知り、「この味をなくしてはイカン。発祥の名店は残さなければ」と立ち上がる。
赤井氏に「だるま」閉店の危機を知らせたのが、高校のボクシング部の後輩で、赤井氏とともに「だるま」によく通っていた上山勝也氏だった。赤井氏は当時保険会社に勤めていた彼に、「オマエが後を告げ」と説得。そして、大将に上山氏を4代目に就任させるべく面倒を見てやってほしいと頼み込み、上山氏は修行の末「だるま」4代目社長となったのである。
その後も広報活動など赤井氏のバックアップは続き、今や「だるま」は大阪を代表する串カツの名店としてよく知られるところとなり、地元民はもちろん、多くの観光客が訪れる人気グルメスポットとなっている。
行列のできる新世界の串カツ御三家
また、新世界から南方へ伸びるジャンジャン横町という商店街にも、この「だるま」同様、連日行列ができる串カツ店として「八重勝(やえかつ)」、そして「てんぐ」というお店がある。
これら3店とも、サクサク、フワフワで軽い食感の衣が好評な串カツのほか、牛すじに濃厚なみそを絡ませた「ドテ焼き」も名物となっており、地元の串カツ好き・酒好きの間でも「だるま」派、「八重勝」派、「てんぐ」派と人気を3分している。
●information
八重勝(やえかつ)
大阪府大阪市浪速区恵美須東3-4-13
てんぐ
大阪府大阪市浪速区恵美須東3-4-12
地元タクシー運ちゃんオススメの串カツ店
一方、こうした人気店を避け、あえて違うお気に入りのお店を見つけ出している地元民も少なくない。通天閣のたもとで観光客用に待機しているタクシーの運ちゃんに、そんな“穴場”的オススメ串カツ店を尋ねてみた。
そこで最初に挙がった店名が「やっこ」。ここの串カツは、サクッとした食感はしっかり保ちながら、衣がとっても薄いのが特徴。「衣はあくまでも具材を引き立てるための脇役」として、ネタの素材にこだわりを見せるお店だ。
また、話を聞いたタクシーの運ちゃんによると「あそこは鶏の唐揚げもうまい。絶対オススメや」とのこと。ちなみに“穴場”とは言っても、こちらも既に十分人気店となっているので、先述の3店ほどではないが、行列ができることも少なくない。
別のタクシー運ちゃんがオススメ串カツ店として挙げたのは、「串かつ 越源(えちげん)」というお店。新世界の串カツ店はひとり飲みのお客も珍しくないが、ここは特に単独でも入りやすい雰囲気だ。
このお店で常連さんの多くが注文する名物メニューに、ワサビをつけていただく「鳥カツ」があり、これが絶品モノ。なお、イケメン大将の趣味で、店内にはローリング・ストーンズを中心とした1960~70年代ロックがさり気なく流れているのも他店にはない特徴である。
「やっこ」と「越源」は、先述の有名3店に比べると大将が無愛想で、感じが悪いという印象を受けるかもしれない。しかし、話を聞いたタクシー運ちゃんによれば、「怒っているわけではなく、ちょっとシャイというか、愛嬌を振りまくのが苦手なタイプと思ってもらった方がいい」とのこと。
また、「やたらと話しかけてくる女将(おかみ)さんのいる、“アットホーム”をウリにしている居酒屋などより、むしろこっちの方が自分には居心地がいい」とも言っていた。
●information
やっこ
大阪府大阪市浪速区恵美須東2-3-10
串かつ 越源(えちげん)
大阪府大阪市浪速区恵美須東2-3-9
新世界には、ここに列挙したお店以外にもまだまだ多数の串カツ店が存在している。「新世界の串カツならココが一番」と、自分なりの贔屓(ひいき)店を見つけている関西の串カツ好き・酒好きも多いが、その判断基準は千差万別で、一概にどの意見が正しいとは言えない。
少なくともいずれのお店も、低予算でうまい串カツを腹いっぱいいただけるのは確実なので、大阪・串カツ未体験の人は、まずはどこでもいいから、新世界の串カツ店に一度足を運ぶことをオススメしたい。