日本に名泉は数あれど、個人的には硫黄泉が一番強く効能を実感できると思っている。宮城県の「東多賀の湯」という硫黄泉で、入浴後に体中の筋肉が弛緩(しかん)するという体験をして以来、筆者の中では硫黄泉が「ベスト・オブ・温泉」なのだ。そんな筆者に願ってもない指令が下った。「鹿児島の硫黄島(いおうじま)の温泉を調査せよ」と……。
島民約110人の島に、温泉マニアが押しかける!
念のために言っておくが、太平洋戦争で激戦が展開された硫黄島(小笠原諸島近く)ではない。温泉がある硫黄島は鹿児島県の薩南諸島北部にあり、「薩摩硫黄島」とも呼ばれている。あちらは正式には「いおうとう」で、現在は自衛隊の基地があり民間人は住んでいない。鹿児島の硫黄島には現在、約110人の島民が住んでいるという。
聞けば、硫黄島には海に面した野天風呂が複数存在し、この秘湯を目指して多数の温泉マニアが押しかけるというのだ。まずは鹿児島港から3時間半、フェリーでプチ船旅を楽しんで硫黄島へたどり着く。
船から見る硫黄島は、なだらかな山の斜面がドラマ「LOST」の世界をほうふつとさせる。ビックリしたのが、港内の海水の色。右の写真をご覧いただきたい。赤みがかった茶色をしているのだ。鉄分を含んだ温泉が港の底から噴き出しているらしい。
海水が入り込む温泉、湯温も海水次第
硫黄島は火山島だ。島の北東部に、標高703mの硫黄岳が噴煙を上げている。早々に民宿にチェックインし、早速秘湯へと向かう。道案内の看板に従い、まず向かったのは「坂本温泉」。この坂本温泉は、海に面した堤防の中に作られたコンクリート製の野天温泉だ。
脱衣場は一応あるが、野天なので店番がいるワケもない。男湯と女湯の区別もなく、すべて自己責任。もちろん無料。この坂本温泉、一つヒミツがある。干潮のときは熱湯が噴き出していてやけどしそうな程の熱さなのだが、潮が満ちてくると海水が湯船に入り込んでくるのだ。
わざわざコンクリートで作っといて、それアリなん? とも思うが、だからこそ自然と一体化した温泉気分を味わえるとも言える。入浴可能タイムは、1日2回の干潮時の4時間ほど。その前後は入り込む海水で湯温が変わるので、事情通は自分好みの時間(潮位)を狙ってくるらしい。
肝心の泉質は、言うことなし。食塩泉で温泉ならではの心地良い弛緩と疲労感が脳幹を襲う。刺激はあるが、湯ざわりは悪くない。じんわりと時間をかけてつかれる。ただ、堤防が邪魔をして、湯につかっていると海がほとんど見えなのは残念だ。海水の関係からか湯船の底が部分的にぬめっているのは、「野趣(やしゅ)あふれる」というまくら言葉で脳内処理すべし。
皮膚病に絶大な効果! 身体が硫黄に包まれる湯
宿で1泊して体調を万全にし、今日は硫黄島でもっとも有名な野天風呂「東温泉」に足を運ぶ(もちろん徒歩)。道中、野生のクジャクが僕の前を通り過ぎていった……。どんな島だ!
東温泉は日本名湯百選にも選ばれた名泉で、とにかくロケーションが素晴らしい。硫黄島は断崖が多いのだけど、この温泉は海岸にあり、太平洋をはるか一望できる。白波が打ち寄せ、海から突き出た岩がそびえる。晴れた日には屋久島も見えるという。
岩場をくりぬいたような浴槽が4つあるが、全てに湯がたまっている訳でもないようだ。もちろん混浴、無料である。入浴する前から、周囲にはただならぬ硫黄臭が漂っている。岩に囲まれた脱衣所で服を脱ぎ、ザッパーン! と、湯につかってみる。
湯はミョウバン泉で、緑色が目に鮮やか。湯につかると、さらなる硫黄臭が鼻を刺激する。身体が硫黄に包まれている感じで、肌への刺激は相当なものだ。たまたま居合わせた露天マニアの人が、「皮膚病に絶大な効果がある」というのもうなずける。
温泉成分の肌への浸透度は坂本温泉を上回り、ちょっと長湯をするとドッと力が抜ける感覚が襲う。刺激好きは東温泉、刺激嫌いは坂本温泉というタテワケだろうか。坂本温泉と東温泉、聞きしに勝る野天風呂を満喫した硫黄島への旅。ここに行かずして、硫黄泉好きを語るなかれ。