カシオ計算機が取り組む産婦人科のコルポスコピー(子宮腟部拡大鏡診)における観察などを行うためのデジタルカメラ「コルポカメラ」の開発が佳境に入りつつある。2021年4月、新潟で第74回日本産婦人科学会学術講演会が開催され、「コルポカメラ」の試作機を参考出展。カシオで製品の開発やマーケティングを担うメンバーに、開発の背景、学会出展の反応などを聞いた。

  • コルポカメラの最新試作機

子宮頸がん検査に役立つコルポカメラ

子宮頸がん検診において、頸部前がんおよび初期がんの診断手法として不可欠とも言えるのがコルポスコピー検査だ。観察の難しい子宮頸部表面の色調や形状、血管像などを専用の拡大鏡(コルポスコープ)やカメラを用いて詳細に観察する手法で、血管像を見やすくするため緑色の光を当てて観察することも多い。

今回、カシオが昭和大学と東京大学、埼玉県立がんセンターとでAI診断サポート装置とコルポカメラの共同研究を行うことになった背景について、カシオ計算機株式会社 開発本部 メディカル企画開発部 部長の北條芳治氏、同 メディカル企画開発部 マーケティング室 室長の堀あずさ氏、同 先行開発部 第五先行開発室 リーダー 佐志田健三氏、吉田徹氏の4名に話を伺った。

コルポカメラの開発は、産婦人科医師の声から始まった

――なぜカシオでコルポカメラの研究開発をすることになったのでしょうか?

  • カシオ計算機 開発本部 メディカル企画開発部 部長 北條芳治氏

北條氏:「産婦人科の先生からの打診がきっかけになっています。当社では2019年に皮膚観察 / 撮影用デジタルカメラのダーモカメラ『DZ-D100』を発売しました。それに先駆けて2015年からクラウドを活用した無料の学習サービスであるダーモスコピー学習サービスを運営しています。医工連携による共同開発で生まれた学習用サービスで、多数の症例・所見をもとにしたトレーニングを無料で利用でき、ダーモスコピーを学ぶ医師を支援するサービスです。

自主学習の反復練習に適しているなど医師から好評のサイトの一つです。2016年3月、当時は昭和大学の関係病院に勤務していた産婦人科 講師の土肥 聡先生が、ダーモスコピー学習用サービスをご覧になり、大変興味を持っていただき産婦人科医としての目線でご意見を頂戴することができました。『産婦人科向けに何か一緒にできないだろうか』と申し出てくださったのがきっかけです。土肥先生を訪問して詳しく話を伺うことになりました」

  • カシオの医工連携ソリューション「D'z IMAGE」に含まれている、皮膚科向けダーモスコピー学習サービス。2016年当時は「CeMDS」の名称でサービスを展開していた

北條氏:「診療時間は15時頃に終わると聞いて間に合うように訪ねたのですが、土肥先生が診察を終えお会いできたのが18時前。大変お疲れのご様子でしたが、我々との打ち合わせに対応いただきました。伺ったところ、まだお昼ごはんも召し上がっていらっしゃらなかったこと、多忙な合間を縫って貴重なお話をお聞かせいただいたことを記憶しております。このときに改めて産婦人科の先生方の大変さを感じ、お役に立てる開発をしたいと考えたことを思い出します。

土肥先生はコルポスコピー検査などについても詳しく教えてくださいました。最初、土肥先生は当社が皮膚観察用のダーモカメラの開発に取り組んでいたこともあり、子宮頸がんの診察をサポートするコルポスコピー検査用のカメラを開発してはどうかという話になりました。

当時使用していた10年~20年前くらいのコルポスコープも見せていただきました。コルポスコープのメーカーは市場から撤退傾向にあるとのことで、新しい製品がなかなか期待できないという情報も頂戴しました。お話をお伺いし、当社の技術で産婦人科の医師への子宮頸がんを観察・撮影することができるカメラとして参入する余地があると考えたのです。

その後土肥先生のもとに何度も伺って、産婦人科で求めていることや、お困りごとなどをヒアリングさせていただきました」

――開発に取り組んでいることは、2019年に名古屋で開催された第71回日本産科婦人科学会学術講演会で発表していましたが、なぜこの場を選んだのでしょうか?

北條氏:「試作機の開発には2017年頃から着手していました。名古屋での学会出展では当時まだ開発中だったダーモカメラの技術を活用して産婦人科用のカメラ試作機を出展、コンセプトを示しました。先生方にお披露目することで、様々な意見や感想を集めることができました」

  • カシオは2019年4月に第71回日本産科婦人科学会学術講演会に出展した

共同開発研究先の先生との出会い

北條氏:「この学会に来場されていた東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科、女性外科 講師の森繭代先生からコルポカメラに興味を示していただきました。後日、昭和大学の先生方とAI診断サポート研究には多施設での研究が望ましいというお話になり、共同研究の研究代表者を昭和大学医学部産婦人科学講座 教授の松本光司先生に引き受けていただくこととなりました。

また、カシオから森先生に共同研究への参画を提案し、快く受けていただいくことが出来ました。さらに撮影データを集めるのに良い病院があるということで、松本光司先生より埼玉県立がんセンター婦人科長兼診療部長の堀江弘二先生をご紹介いただきました。学会で得た反応や新たな協力者も加わり、当社と3つの医療機関とで共同研究が本格的に始まり、コルポカメラの開発が加速しました。試作機を通して使い勝手や課題、量産機の仕様などが徐々に固まってきたのです」

光を子宮頸部にどう届けるか? それが最大の課題

――開発はどのように進めていったのでしょうか。苦労したポイントなども交えてお話ください。

吉田氏:「私は土肥先生や他の産婦人科の先生方に何をどのように撮りたいのかヒアリングしながら、カメラをどのような仕様にするべきか探りました。特に苦労したのは専門用語ですね。コミュニケーションを円滑にするためにも、カメラ専門の用語は可能な限り平易な言葉に替えて説明することを意識しました」

  • カシオ計算機 開発本部 先行開発部 第五先行開発室 吉田徹氏

吉田氏:「開発設計にあたって、一番苦労したのはライティングですね。なにしろ光の届かない子宮頸部を撮影するのですから、当時現場で使われていたライトは私の計測器で計測できないほど強烈な光を放っていて、その一方で装置は驚くほど巨大で取り回しが大変そうだったので、何としてもコンパクトなサイズに仕上げたいと考えたのです。それからが大変でした。

コンパクト化のため当社が用意したチップLEDで、どこまで子宮頸部を照射できるか検証したくても、手軽に被写体は用意できません。それどころか、医療用膣鏡のクスコすら手に入りませんでした。苦肉の策で、トイレットペーパーの芯やサランラップの筒を代用して試行錯誤を繰り返すうち、筒状の先の真っ暗な所を照らすには、やみくもにLEDの灯数を増やすのではなく、1灯だけ照射するのが最も照射ムラが少なくなることに気づきました。

ところが灯数を少なくすれば当然、明るさも暗くなる。そこで活躍したのがCMOSと呼ばれる撮像素子で、これが肉眼より高感度に光をセンシングしてくれたおかげで、やっと1灯でも無事に撮影できた! と思ったのも束の間、今度はISO感度が上がりすぎて画質が劣化してしまったのです。一難去ってまた一難でしたが、最終的にはコンパクトデジタルカメラで培ったノウハウを駆使した集光レンズをLED素子の前に搭載することで、低ISO感度でも撮影できるコルポカメラにやっと仕上がりました」

  • コルポカメラの試作機。このバージョンは、正面のレンズ周囲のLEDが4つある

――いろいろ試して、この試作機の形になったわけですね。

吉田氏:「はい。LEDを1灯しか使わないことが功を奏して、4種類のLEDをコンパクトに搭載できるようになりました。それにクスコは縦長の楕円状に開くので、4つのLEDも楕円状に配置するよう工夫して、照射光のロスを最小限にしました。

LEDが切り替えられるのも、ダーモカメラの仕様を引き継いだものです。もともとコルポ撮影では、白色と緑色の光を使っていたのですが、撮影するたびに手動でフィルターを切り替えるので、撮影画角がどうしてもズレやすいのですが、当社のカメラはワンシャッターで連続撮影できるので、同じ画角で撮影することができます。他にも偏光とUVを搭載しておりましたが、UVは先生とのヒアリングの結果、時期尚早と判断して量産機での搭載は見送りました」

  • 通常光で撮影 / グリーンフィルターで撮影。同じ画角であることがわかる / 偏光で撮影

現場のヒアリングから生まれた望遠マクロレンズ

――ライト以外でもこだわったポイントはありますか?

吉田氏:「被写体までの距離も重要でした。私たちは現場での使い方をよくわかっていなかったので、どのぐらいの距離から撮影するのがベストなのか? 複数の先生にヒアリングしたところ、約30cmが最も適正な距離であることがわかりました。

そこからさらにイメージサークルもクスコのサイズに設定して焦点距離を設定してみた結果、一眼レフの交換レンズでしかお目にかかれないような珍しい“望遠マクロレンズ”が標準搭載された唯一無二のカメラが完成しました」

――約30cmの距離で撮影するのに望遠レンズなのですね?

吉田氏:「はい。撮影距離は約30cmしかありませんが、被写体となる子宮頸部の表面はとても小さいので望遠レンズになってしまうのです。そのうえ距離も約30cmと短いわけですから、マクロレンズにする必要もありました。さらに、あえて単焦点レンズにすることでレンズ性能を最大化し、光学的な正確さが失われないような仕様に追い込みました」

――約30cm先の小さなライティングはもちろん、ピントを合わせるのも難しいですよね。そのあたりはいかがでしたか?

佐志田氏:「名古屋での学会を前にオートフォーカス(以下、AF)でピントが合わないことがあると指摘されました。クスコなど手前の被写体にピントが合ってしまうことがわかり、AFエリアの再調整を行いました。エリアを小さくしすぎると精度が落ちるので、最適なサイズを学会直前の限られた時間で見つけられるか不安でした。量産機ではタッチフォーカス機能を搭載することで、さらにAFの使い勝手を向上させる予定です。子宮頸部の表面は平らではありませんし、見たい病変が中央にあるとは限らないので、この機能を使うことでよりピントを合わせやすくなると思います」

  • カメラ背面の液晶画面

  • カシオ計算機 開発本部 先行開発部 第五先行開発室 リーダー 佐志田健三氏

佐志田氏:「そのほかには、電源に配慮しました。従来のコルポスコープは、スタンドや照明と一体化して電源ケーブルまで備えた、かなり大掛かりな装置でした。当社では高効率リチウムイオン充電池を使用することで大幅なコンパクト化を実現し、AC電源がなくとも撮影を可能にしました。従来のコルポ撮影のような電源ケーブルの取り回しがないのは大きなアドバンテージになるはずです」

――スタンドについて少し詳しく教えてください。

吉田氏:「ダーモカメラは手に持っての撮影が想定されていましたが、コルポカメラはスタンドを使うのが標準になると考えています。スタンドは不要という先生もなかにはいますが、基本的に先生は診療時もカメラ画面を活用しながら両手を使って診察するので、両手が塞がる診察時のカメラ固定は必須です。フレキシブルに動かして患部の位置を調整する必要があったので、シームレスに動かせる油圧バンパー方式とカウンターウエイト方式の2つで迷ったのですが、小型化とメンテナンス性でカウンターウエイト方式のほうが圧倒的に有利だったので、最終的にカウンターウエイト方式を採用しました。

このスタンドもまだ開発中のものですが、重量はカメラ込みで約12.8kgになる予定です。キャスターが付いているので女性の看護師さんでも移動でき、収納時にはアームを折りたたんでコンパクトにまとめられます」

  • コルポカメラ専用スタンド。キャスターで移動でき、可動範囲は上下方向が約350mm、左右方向が約300mm(試作機)

  • 収納時にはフリーアームを畳んでコンパクトにできる。高さは約880mm。キャスター部の直径は約468mm(試作機)

日本産科婦人科学会学術講演会で期待が高まる

――日本産科婦人科学会学術講演会への出展は、販促の側面でのリサーチも考えてのことですか?

堀氏:「はい。2019年の名古屋で開催された第71回日本産婦人科学会学術講演会で初めてコルポカメラの試作機を出展し、医師からのニーズや反応をマーケティング視点から探りました。カメラについてはかなり満足度の高い反応で、医師からの早く市場に投入してほしいという期待を感じました。

また当時の学会ではカメラとセットでご紹介している専用スタンドの試作機について取り回しの観点で医師から改良したほうが良いと指摘をいただきました。クリニックなどは様々な医療機器が設置されている状況で、スペースに限りがあることと、操作がしやすいスタンドのニーズを確認できました。その後、連携医師のアドバイスなども頂戴し改良を加えました」

  • カシオ計算機 開発本部 メディカル企画開発部 マーケティング室 室長 堀あずさ氏

堀氏:「先日の新潟で開催された第73回日本産婦人科学会学術講演会では、コルポカメラがコンパクトであることに評価をいただきました。ワンシャッターで通常光、グリーンフィルターなど同時撮影が簡単にできる点など、使いやすいといったコメントをいただきました。改良されたスタンドについてもコンパクトさがとても好評で、折りたためるスタンドについて、収納や取り回しがしやすいといったポジティブな意見が多く聞かれ、学会に出展することにより医師からの反応を確認でき、自信をつけることができました。

学会会場には医師だけでなく、医療機器代理店の方などからの質問も多くいただきました。現在、他のメーカーがコルポスコピー用機器の開発に消極的なこともあり、医師への最善の提案をしたい医療機器代理店にとって、弊社の製品の優位性を確認いただける場になりました。いま使用しているものが壊れたら、新しい製品は手に入るのかと心配する医師もいますし、医師に取り次ぐ医療機器代理店にとっては、弊社がこの分野に参入したことについて、期待をいただけていることも感じました」

  • 2021年の第73回日本産科婦人科学会学術講演会の出展風景。多くの医師やディストリビューターの関心を集めていた

――コルポカメラに込めた、開発者としての思いをお聞かせください。

吉田氏:「カシオのデジタル技術や光学設計技術を駆使して、コンパクトなボディに高性能レンズやLEDを詰め込むことで、従来の巨大なコルポスコープと比べて圧倒的に取り回しが楽になり、様々な規模の病院で使っていただけるような仕様に仕上げました。

私は医療現場で使用される撮影装置とは、単に記録を残すカメラであってはダメで、被写体の情報を忠実に正確に読み取れるセンシング機器であるべきだと思っており、試作機ではその理想に近いものが完成しました。これからいよいよ量産に向かって最後の仕上げとなりますが、より洗練されたデザインで医療現場にリリースすべく、日々開発に注力しているところです」

――コルポカメラが医療の現場をどのように変えていくのか、意気込みをお聞かせください。

北條氏:「皮膚科領域についてはすでに発表し、開発を進めていますが、画像を残すだけでなくAIによる診断サポートまで視野に入れています。国内だけでなく海外とも協力し、診断のスピードや診断精度の下支えができればと思います」

――本日はありがとうございます。

産婦人科の医療現場でカシオのコルポカメラが活躍することで、医師の負担が軽減されひいては患者がより安心して受診できるようになるだろう。子宮頸がんの早期発見と治療につながることが期待できそうであり、開発の進捗に注目したい。


コルポカメラの開発にご協力いただいた
昭和大学 江東豊洲病院 産婦人科 講師 土肥聡先生のコメント

SNSでカシオさんのD’z IMAGEの存在を知り、「これはコルポスコピー検査にも応用できる」と感じ、コンタクトしたのが共同開発のきっかけでした。

昭和大学 江東豊洲病院 産婦人科 講師
土肥聡先生

私は日本産科婦人科学会専門医・指導医ですが日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医でもあり、ジェネラルで多角的な視点からD'z IMAGEの可能性を考えていたのも、共同開発を希望した理由の一つです。コルポカメラの開発を進めていく中で、私の意見を全て受け入れ、形にしてくださっていることに大変感謝しています。カメラの角度から画面のサイズ、ライトの数にオリジナルのスタンドまで、まだ試作機ですが自分の要望が全て通ったコルポカメラになっていると実感しています。

時に患者の苦痛が伴ってしまうコルポスコピー検査の負担をなるべく軽減し、一人でも多くの女性を救いたいというのが私の一番の思いです。それを実現するためにカシオさんのメディカル事業は大きな意義を持っており、旧態依然としている産婦人科領域の検査を変えるきっかけになって欲しいです。常識を覆すG-SHOCKを開発するようなカシオさんだからこそ、私たちの想像を上回るような製品・サービスができると期待しています。

[PR]提供:カシオ計算機