連載『住まいと安全とお金』では、一級建築士とファイナンシャルプランナーの資格を持つ佐藤章子氏が、これまでの豊富な経験を生かして、住宅とお金や、住宅と災害対策などをテーマに、さまざまな解説・アドバイスを行なっていきます。


地域を知る~地域を知ることから防災対策は始まる~

住まいの安全は地域の安全があって初めて成り立ちます。海辺や川沿い、崖の上や下のエリア、谷状地域など、島国で山岳部分の多い日本は、自然災害の影響を強く受けます。子供を持つ親が、地域の災害危険度を「知らなかった」では済まされません。東日本大震災では下図のようにハザードマップが想定した外のエリアに死者が集中している地域もあるのです。ハザードマップの外であれば安全だと判断した結果に違いありません。しかし津波到達ラインぎりぎりに集中している神社や祠をみれば、昔の人の情報収集の結果であるはずで、いかにそれが重要かがわかります。親の責任として地域の災害の種類や危険度や敷地周辺の安全について情報を集め、あらゆるケースを想定した上で初めて、家族の安全や住まいの安全が考えられるのです。

東日本大震災の津波被害のイメージ図((C)佐藤章子)

地形に敏感になろう~地形は住まいの安全面で重要な要素~

人口が集中する大都市は平野が広がる部分です。中でも首都圏の位置する関東平野は、地図で見ると広大な平野が続いているかのようです。しかし東京に暮らしていればすぐ分かりますが、東京は坂の街です。私は中学時代を世田谷区で過ごしましたが、最寄り駅からかなり急勾配の坂を下りきったところがバス道路になっていて、我が家はその通りに面していました。道路の反対側はまた急勾配の上り坂で、のぼり切った所が4mの道路で、その道路の巾がそのまま尾根道になっていました。

その尾根をさらに越えると、またまた急勾配の下り坂で、その下には広い盆地の中に小学校、中学校、高校、住宅地などが広がっています。中学校のある盆地は、元は沼地だったそうで、我が家が面していたバス道路はどう見ても川だったとしか見えません。実際に裏手に道路に平行した小さな川もありました。地形に注目し、当然地形が持つ災害の種類や危険度を把握する事が大切です。特に隠された地形は大きな問題を引き起こす場合があります。小規模の谷や山は埋め立てられたり、切り崩されたりして、一見平坦地になっているところが多いのです。

あるとき、住宅展示場に築2年の家に住んでいるという方が来場しました。よくよく聞くと、分譲地全体の家が傾いたそうです。その分譲地を見に行ってすぐに分かりました。広い分譲地でしたが、はずれの地形がお碗を伏せたように急に山が立ち上がっていて、いかにも不自然な形でした。実際の地形は下図のような谷であり、埋め立てて平らな分譲地を形成していたもので、基礎補強が不充分なために、谷の中心部に向って不同沈下を起こしていた典型例です。人災のケースですが、自然災害を考える上で地形は重要な要素なのです。

不自然な造成地の地形((C)佐藤章子)

防災教育=自分で判断する大切さ~「釜石の奇跡」は奇跡ではなかった~

「釜石の奇跡」とは、子供たちへの徹底した防災教育により、東日本大震災の際に約3,000人の釜石市の小中学校児童の99.8%の命が助かったというものです。釜石は有史以来、度々大きな津波の被害に見舞われ、明治三陸津波では6,500人の住民中4,000人が亡くなったそうです。そのためにハード面では巨大堤防が建設され、ソフト面では「津波でんでんこ(津波がきたら、子供や親のことを考えず、てんでんばらばらに逃げなさい)」という、言い伝えがあり、防災意識も高い地域のはずです。

しかし、津波の実際の経験者は世代交代で既に亡くなり、「堤防があるから安全」、「ハザードマップの外に逃げれば安全」と意識も退化して行ったようです。それに対する行政の危機感と防災教育の拠点を求めていた群馬大学の片田教授(当時)の思いが一致し、子供たちに徹底した防災教育がなされました。災害に対して自分自身の判断で行動する主体者=そのときに考えられる最善を尽くして率先して避難すると言うことを徹底して叩き込まれました。

釜石市では1,300人の方が亡くなられたそうですが、市全体3,000人の小中学生の親で亡くなられたのは40名だそうです。自分の子供が率先して避難していることを確信できた親は、子供を迎えに行かずに、自分も率先して避難することができた結果で、極めて低い数値と言えます。子供への防災教育は見事に親の命も救ったことになります。

「釜石の奇跡」は決して奇跡ではありません。災害に対して地域を知り、準備し、自分が主体者として判断することを徹底した結果なのです。被災地では住まいの移転を余儀なくされている地域も多いと思いますが、簡単にできるものではないことは容易に想像がつきます。地価の高い大都市の人口密集地域では、なんとか住み続けざるを得ないのが実情でしょう。地域の災害を知り尽くせば、次の段階として住まいの性能等で災害リスクを少なくすることが可能かどうかのステップに進むことができます。

<著者プロフィール>

佐藤 章子

一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。