トランス脂肪酸を「悪者」と決めつけていませんか

前回前々回とお伝えしてきた 油脂にまつわる連載の最後になります。マーガリンにせよファットスプレッドにせよ、「トランス脂肪酸が含まれているから危険だ! 」という話は誰もが一度は耳にしたことがあるでしょうが、本当なのでしょうか? 今回はその疑問にお答えしましょう。

トランス脂肪酸はこうして作られる

「トランス脂肪酸が怖いから私はバターしか食べない」という人もいるかもしれません。トランス脂肪酸とは、サラダ油などからマーガリンやショートニングのような半固体、または固体の油脂を製造する際に用いる加工技術「水素添加」を行うときに副産物として生じる、自然界では存在しない逆向きにねじれた分子構造をした脂肪酸のことを表すそうです。マーガリンやショートニングの製法によりますが、数%~10数%含まれるとされています。

実際にアメリカを中心とする世界各国でトランス脂肪酸の人体への悪影響テストが相当数行われ、「体にとって好ましくない成分である」という結論が確定していると言ってもよいものです。

そして、食品安全の最終指標ともいえるWHO(世界保健機関)の報告でも、トランス脂肪酸を摂取しすぎると動脈硬化や心不全のリスクが高まるため、1日に摂取する全カロリーの1%以下に抑えるようにと勧告されています。

つまり、健康のためにマーガリンを避けてバターにする、というのは一見正しいように思えます。

WHOの「1%以下にするように」の意味

ただ、いろいろと調べていくと「何となく危ない」ということ以上に、トランス脂肪酸にまつわるさまざまな"誤解"が分かってきています。

まず、「自然界には存在しない」というのはうそです。牛脂やラードといった動物性の硬い油には5%近くのトランス脂肪酸が含まれています。

また、プラスチックオイルだから人間や細菌が代謝できないというのも違います。そもそも水素添加する前の油も常温で保存しておいても腐りません。サラダ油はみなさんどこにしまっているでしょうか? 冷蔵庫に保存していなくても、なかなか腐らないのは知っているはずでしょう。さらに人間が代謝できないという点ですが、確かに代謝しにくいようですがしっかりとカロリーとして使われています。

そして原点にかえって、WHOが「1%以下にするように」と言うことは、1%以下なら問題ないということで、タバコのように害ばかりというものではないということです。つまり、好んで大量に摂取しなければ問題ないということです。

トランス脂肪酸より怖いもの

そして何より、健康リスクの観点からいえば、トランス脂肪酸以上に過剰摂取に気をつけないといけないのが動物性の飽和脂肪酸です。少量のトランス脂肪酸が含まれているラードや牛脂の大部分は飽和脂肪酸ですから、そもそも「動物性油脂を摂取しすぎるのはよくない」と言っているのに等しいわけです。

そもそも日本人はファストフードに連日通うとかでもしない限り、トランス脂肪酸の1日の摂取量が総カロリーの1%を上回ることがないよう、企業努力がなされています。そのため、それほど意識しなくてもいいということです。

トランス脂肪酸さえ避ければ、油をいくら摂取してもOKというのは大きな誤りです。むしろ脂肪分を取り過ぎることのほうが、トランス脂肪酸よりはっきりと害があることを忘れてはいけません。

アメリカではトランス脂肪酸が諸悪の根源のように取り上げられ、特別な法律まで用意されています。今やアメリカは、トランス脂肪酸が極端に減らされた食品がスーパーに並んでいます。しかし相変わらず肥満大国ですし、心臓病も動脈硬化も目に見えて減っていません。

何か1つの成分だけを悪者にして、それ以外をノーカウントにしようという「フードファディズム」の影がちらついているような気がしてなりませんが、皆さんはどう思うでしょうか。

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筆者プロフィール : くられ

『アリエナイ理科ノ教科書』(三才ブックス、シリーズ累計15万部超)の著者。全国の理系を志す中高生から絶大な支持を得ており、講演なども多数展開している。近著に『ニセモノ食品の正体』(宝島社)などがあり、2014年7月17日に新たに「薬局で買うべき薬、買ってはいけない薬 よく効く! 得する! 市販薬早わかりガイド」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓した。メールマガジン「アリエナイ科学メルマ」ツイッターなどで、日々に役立つ話を無料配信している。