1970年代に入り高度経済成長とともに、カメラ機材も大きく進化していった。それにより自然写真でも今まで撮影できなかった映像が撮影できるようになり、新たな映像表現を追究する第2世代の自然写真家が登場してきた。自然写真の3回目では、第2世代の自然写真家の特長を解説してただいた。

東京都写真美術館で2006年8月に開催された「中村征夫写真展 海中2万7000時間の旅」より
中村征夫 「砂紋広がる風景、与那国島、沖縄県」 2004年12月

自然写真の第2世代

1970年代になると自然観察が中心の自然写真のほかに、癒しを求めたり自然を眺めて楽しんだりするエンターテインメント性が強いネイチャーフォトが登場してくる。これは70年代は高度経済成長にともなう環境問題がクローズアップされ、自然の美しさや豊かさを見つめ直そうという気運がたかまっていくことと、生活や技術など色々なことに余裕がでてきたからだろうと思う。

1973年に平凡社から自然雑誌「アニマ」が出版されるんだけど、ネイチャーフォトの登場に「アニマ」の存在はとても大きかった。「アニマ」は自然写真の視覚的なエンターテイメントを啓蒙していった雑誌で、若手の育成のためにアニマ賞を設けるなど、自然写真家たちの活動の舞台でもあった。そして写真を通じて自然を楽しむというメッセージを読者に伝えていった雑誌でもある。そこから70年代に第2世代というべき栗林慧、海野和男、水越武、中村征夫、宮崎学などが次々と登場してくるんだ。

第2世代が登場した70~80代にかけて、日本の自然写真はものすごく発達した。ここで完全に欧米の自然写真に肩を並べ、ある意味それを越えていくような仕事が出てくるようになる。彼らの特徴は、被写体を観察記録していくフィールドワークの方法論をもっと緻密なものにしていったことだね。また高度に発達した撮影機材のメカニズムを最大限に駆使したことは注目してよい。ちょうどこの時期は、カメラやレンズの機能やフィルムの能力が比較的に進歩する。僕は自然写真に共通する感覚は"Sense OF Wonder=驚異の感覚"だと思っている。"Sense OF Wonder"を表現するのに視覚的なショックを与える画像が固定できるメカニズムの進化は大きいね。

昆虫を独自の視点で撮影 栗林慧 海野和男

栗林慧は、光センサーを使った高速自動撮影装置を自ら考案して、3万分の1秒という瞬間の世界を映像化し、代表作である『昆虫の飛翔』(1981年/平凡社)を発表する。これは肉眼ではとらえることのできない一瞬のイメージがダイナミックに定着されていて、とても面白いんだ。見ていて驚きとショックがある。最近ではデジタルカメラを改良して、超被写界深度接写カメラという被写界深度がとても深くて、数ミリの世界まで接写できるカメラを発明している。これはもう昆虫の眼で見た世界の映像みたいでちょっとスゴイよ。

海野和男は小諸という自分のフィールドを決めて撮っている写真家。彼の『蝶の飛ぶ風景』(1994年/平凡社)も面白い。広角レンズを使って日中ストロボでシンクロ撮影しているんだけど、まるで蝶が切り抜いたように見えて、非常に幻想的だ。そこはもう日常を超えた非日常の世界で、この写真集は日本の自然写真集の中でも異色作だね。これを見ていると、あたかも自分が蝶になって飛んでいくように感じることができる。

栗林慧 『昆虫の飛翔』より 平凡社 1981年

栗林慧 『栗林慧全仕事』より 学研研究社 2001年

無人カメラで野生動物の営みを撮影 宮崎学

宮崎学は、動物が通ったときに自動的にシャッターが切れる赤外線感知装置と連動する、ストロボ付き無人カメラをで撮影した。彼の『けもの道』(1979年/共立出版)は、この当時の代表的な作品だね。90年代に入ると宮崎は東洋的な生死感を投影した『死』(1994年/平凡社)を発表する。

これは死んでしまった動物が土に還るまでの記録を納めたもので、自然の循環システムには死も組み込まれていることを改めて確認させる写真集だ。とても説得力が強く、そして不思議な叙情性を感じさせるいい作品だよ。人間と動物の関係に迫った『アニマル黙示録』(1995/講談社)も面白いね。都会に住んでいる動物たちを撮影した写真集で、都市の環境の中で人間と共生している動物たちを追った報道写真的なメッセージ性が強い作品集だ。80~90年代にかけての宮崎の仕事は、自然写真の枠組みを拡張していく方向に向かっていた。

宮崎学 『けもの道』より 共立出版刊 1979年

水中写真の第一人者 中村征夫

中村征夫は水中写真の第一人者だね。2006年の夏に東京都写真美術館で「中村征夫写真展 海中2万7000時間の旅」という展覧会が開催されるなど、人気の高い写真家のひとり。

水中写真の分野も技術の発達は大きい。中村はありとあらゆる水中写真を撮っているんだけど、基本的にはドキュメンタリーだと思う。単なる生態写真ではなくて、水中の生き物の生活をひとつの出来事として捉えていてドラマがある。そのドラマの作り方がとても面白いし、水中という我々がなじみの薄い世界をとても身近なものに感じさせた功績はとても大きいと思うね。1988年に第13回木村伊兵衛賞を受賞した『全・東京湾』や『海中顔面博覧会』は、これまでの水中写真のイメージを完全に変えてしまった。彼自身も魅力的なキャラクターなので、水中写真を超えた自然写真のメッセンジャー的な役割を果たしているね。

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程 修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)