08年の「第33回 木村伊兵衛写真賞」は、岡田敦氏と志賀理江子さんのお二人が受賞された。心より祝したいと思う。今回から4回にわたり、この木村伊兵衛写真賞について飯沢氏に話を伺うことにした。まずは伊兵衛賞創立の経緯と歴史について。(文中敬称略)

木村伊兵衛と朝日新聞社の関係

木村伊兵衛写真賞ってなんなの? という話からはじめようか。賞の名前にもなっている木村伊兵衛は、日本写真家協会の初代会長も務めた写真界の重鎮であり、非常に人気の高かった戦前・戦後を代表する写真家なんだ。スナップの達人で、居合い抜きのように人が気づかないうちにサッと撮ってパッと去る撮り方だったといわれているね。東京の下町の生まれで洒脱な人柄、カメラのメカニズムについての知識も深いということで、文字通り日本の写真界をリードしていた人なんだ。

木村伊兵衛写真賞ができた経緯は、賞の主催者である朝日新聞社と木村伊兵衛の関わりが大きな理由だろうね。1957年に木村は『アサヒカメラ』誌と、"写真作品は同誌のみに発表する"という特別契約を結ぶ。また『アサヒカメラ』の特別顧問みたいな役割をずっと担っていて、1957年の8月号から現在まで続いている新製品テスト記事「ニューフェイス診断室」に、"ドクター"という肩書きで参加していた。木村は1974年に亡くなってしまうんだけど、1975年に彼の業績を後世に残すため朝日新聞社によって木村伊兵衛写真賞が設立されるんだ。

毎年アサヒカメラ誌4月号で木村伊兵衛写真賞の受賞特集が組まれる

伊兵衛賞について解説する飯沢耕太郎氏

第33回木村伊兵衛写真賞 岡田敦 『I am』 赤々舎

第33回木村伊兵衛写真賞 志賀理江子 『CANARY』 赤々舎

第33回木村伊兵衛写真賞 志賀理江子 『Lilly』 アートビートパブリッシャーズ

木村伊兵衛写真賞の受賞作品の傾向

木村伊兵衛写真賞はよく"写真界の芥川賞"と言われているけど、純文学に与えられる芥川賞同様に、伊兵衛賞は大衆的な人気よりも写真表現の純粋な価値を追求している人に与えられる賞なんだ。はじめの頃の伊兵衛賞を見てみると、第1回の北井一夫『村へ』、2回の平良孝七『パイヌカジ』、第3回の藤原新也『逍遙游記』『西蔵放浪』『七彩夢幻』、第4回の石内都『APARTMENT』、第5回の岩合光昭『海からの手紙』と倉田精二『ストリート・フォトランダム・東京75?79』、第6回の江成常夫『花嫁のアメリカ』、第7回の渡辺兼人『既視の街』、第8回の北島敬三『ニューヨーク』と続く。はじめのころはどちらかというとドキュメンタリー性の強い作品が選ばれていたと思う。ドキュメンタリーの方法も主観的なものから客観的なものまであるけど、どちらにしてもカメラを通して現実の世界や時代と向き合っていく写真家がずっと選ばれていた。

ドキュメンタリー中心の受賞作品の傾向は、'80年代になると少しずつ変化していく。第10回(1984年)で受賞した田原桂一の『TAHARA KEIICHI 1973~1983』あたりからだね。実はこの前年の第9回は「該当者なし」という受賞者不在の年で、これまでの選び方では賞を存続させていくことが難しくなってきた現われだと思う。田原の受賞以降、ドキュメンタリー性だけでなく、写真のアートとしての可能性を重視する作家も選ばれはじめる。第16回目の今道子『EAT』がもっとも典型的だね。

'80~'90年代にかけては、ドキュメンタリー作品や主観的な表現を追求した作品、ネイチャーフォトなど、選ばれる写真表現の幅がどんどん広がっていった。当時の写真表現を取りまく状況は、印刷媒体の発表から展示の発表へと大きく変わりはじめていく時期だった。東京都写真美術館ができたりする状況に対応するように、第16回の今道子から、第17回の柴田敏雄『日本典型』、第18回の小林のりお『FIRST LIGHT』、第21回の瀬戸正人『Silent Mode』『Living Room、Tokyo 1989-1994』、第22回の畠山直也『LIME WORKS』など、主に展示メディアで活動している作家の活躍が目立つね。

木村伊兵衛写真賞30回を記念して作られた『36フォトグラファーズ 木村伊兵衛写真賞の30年』。第1回の北井一夫から第30回の中井正貴までの総勢36名の受賞の軌跡を振り返る

第22回木村伊兵衛写真賞 畠山直哉 『LIME WORKS』 シナジー幾何学

ホンマタカシ以降の「90年代作家」

第1回から8回までの「ドキュメンタリー性」、10回目以降の「幅広い作家性」と、賞の性格が変化していくんだけど、第24回(1998年)のホンマタカシ『TOKYO SUBURBIA 東京郊外』で、伊兵衛賞はまた大きな節目を迎えることになる。ホンマタカシの受賞以降、'90年代以降にデビューした若い写真家たちが受賞し始めるんだ。キヤノン主催の「写真新世紀」とリクルート主催の「ひとつぼ展」が1991年に発足するんだけど、早い話、そこからデビューした作家が中心だよね。

彼らは写真界に新しい風を吹き込んで、とくに若い女性写真家の存在に注目が集まっていく。これまでで一番話題になったのが、第26回(2000年度)の、長島有里枝『PASTIME PARADISE』、HIROMIX『HIROMIX WORKS』、蜷川実花『Pink Rose Suite』『Sugar and Spice』の3人同時受賞。そのあとに続いた第27回の川内倫子『うたたね』『花火』、第28回のオノデラユキ『cameraChimera カメラキメラ』と佐内正史『MAP』、第29回の澤田知子『Costume』と、「90年代作家」が続き、第30回(2004年)の中野正貴あたりで落ち着いてきて、現在はまた過渡期に入っている感じなんだ。

木村伊兵衛写真賞は純粋な写真表現を追求すると同時に、もうひとつ新人賞という側面もある。つまり、若手の写真家に与えられるんだ。今までの受賞者でみると第30回の中野正貴(当時50歳)が最高年齢で、はっきりとした年齢制限はないけれど、だいたい40代ぐらいまでが選ばれているね。ノミネートされる対象は、雑誌、写真展、写真集などの写真活動だけど、基本的に写真集を中心に評価していると思う。デビュー写真集でなく、何冊か出して評価が固まった「お墨付き」という形で受賞する形が多い気がするね。とはいえ2000年以降は、写真集を出す前に受賞した澤田知子や、展示を中心に活動を続けてきてデビュー写真集『IN MY ROOM』で受賞した鷹野隆大、海外で活動していた志賀理恵子のように、あまり知られていない作家に与えられることも多いので、新人賞的な性格はちゃんと残っている。

川内倫子は『うたたね』『花火』『花子』の3部作を同時出版し、『うたたね』『花火』が第27回木村伊兵衛写真賞を受賞した(リトルモア)

第31回木村伊兵衛写真賞 鷹野降大 『IN MY ROOM』 蒼穹舎

第32回木村伊兵衛写真賞 本城直季 『small planet』 リトルモア

第32回木村伊兵衛写真賞 梅佳代 『うめめ』 リトルモア

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)