大阪府のコンビニエンスストアで、店長らが客に言いがかりをつけられ、土下座させられる様子がインターネットの動画サイトに投稿され恐喝容疑で逮捕者がでた。「土下座」だけの問題ではないが、客という立場を完全に履き違えた許し難い行為である。

そんな事件があった一方で、私は、上司と部下がそろって「土下座」をする、ある話を思い出した。

やり直しがきかないミスについて謝罪するには

結婚式や重要な会合などの会場となることが多いある施設の宴会部長(といっても、俗に言う社内の盛り上げ役の「宴会部長」ではなく、本当の「宴会部」の部長職の方である)と、私とのプライベートでの会話である。

結婚式や重要なパーティーなどでの従業員のミスには「やり直しが効かない」こともある。こうしたミスを従業員が犯してしまった場合、どんなに「謝っても、謝っても…」許してもらえないこともあるそうだ。

例えば「披露宴」の場合、披露宴当日に映像収録用のカメラマンが来なかったために調べてみると、この宴会部の担当者の発注ミスだった。想像するだけでも寒気がする「ミス」である。こうしたミスはあってはならないことではあるが、年間に何千件もの披露宴やパーティーが催される施設では、どんなに担当者が気を付けても、こうした「取り返しのきかない」ミスを完全に「ゼロ」にすることは現実問題として難しい。

そして、仮に披露宴の当事者であれば、誰だって「どうなっているんだ!」と、まずは担当者に腹が立つことだろう。とはいえ、披露宴の日にちを変更したり、開始時間を遅らせたりはもちろんできない。粛々とこの日の宴席は進行させねばならない。

もっとも後日、怒りの治まらない主催者から、担当者が自宅に呼び出しをくらうこともるそうだ。というよりは、むしろ担当者の方から、自宅がどこであれお詫びに伺うと申し出ることが普通らしい。

一生に一度の「晴れ舞台」に、多額の費用を費やしたにも関わらず、予定していた映像が記録として全く残らない…。さすがに怒る方の主催者の気持ちは理解できる。

さて、こんな時この宴会部長は、必ず担当者に上司として同行して、ご迷惑をお掛けしたことを担当者と一緒にお詫びするそうだ。その真摯さに免じて気持ちよく許してくれることがほとんどらしい。ところが中には、どうしても腹の虫がおさまらずに…

土下座しろ!

とすごむ、顧客も中にはいるとのこと。

この宴会部長の場合、まず率先して自分が土下座をするらしい。そして、立ったままの部下を逆に大声で怒鳴りつける。「お前も早く土下座しないか! バカもの!!」大声で怒鳴られた部下は、びっくりして、慌てて上司の隣で土下座をする。しかし上司は許さない。「頭の下げ方が足りない!」と言って、若い部下をさらに大声で怒鳴りつける。

この時の上司の怒鳴り声は尋常ではなく、訪問した家の近所中に聞こえるのではないかと思われるほどのとにかく大声で部下を怒鳴りつける。そして部下は何度も何度も床に頭をこすりつける。

こんなことを繰り返しているうちに、いい加減に気が収まってしまうのか、あるいはご近所の目もあるからか、たいていは「もうその辺でいいですから…」と、謝罪先の方から許しを得られるらしい。ところが、この上司は担当者を許すことなく、さらに部下に罵声を浴びせ続ける。最後は、謝罪先の方が担当者に同情するまでにしかり続ける。

そして…

30分ほど土下座を続けると、この「悲劇(喜劇?)」は幕となるらしい。

訪問した謝罪先を後にし、角を曲がった時に宴会部長と担当者はよく下記のような会話をするそうだ。

部下:部長、ありがとうございました。おかげで何とか許してもらえました。きょうは長かったですね。
部長:二度とこんなことないように気を付けろよ! さあ、せっかくだから、何かうまいものでも食って帰るか…!

あくまでも私の友人の「宴会部長」が話してくれた、上司と部下とのごくごく内輪の話である。

この話を聞いて私は『課長島耕作』(弘兼憲史/講談社)のエピソードを思い出した。作品内に、地方の直販店へのお詫びの宴会で裸踊りを強要されて固辞する島耕作と、雰囲気が悪くなりかけたところで上司の中沢部長が、自ら裸踊りをしてフォローするシーンがある。「技」なのか「芸」なのか、それとも「力」なのか…。


<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立(現 株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役)。主に企業の戦略PR、マーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2011年から国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立代表理事就任。