介護事業所の不正に対する行政の対応は、介護事業所を指定した都道府県が不正が発覚した介護事業所のみについて取り消し処分を実施するという簡単な図式でした。しかし、2006年4月に行われた改正介護保険法の施行により、指定事業所を6年ごとに更新する制度が導入されたほか、「介護給付適正化推進」の方針が出されます。「介護給付適正化推進」というと分かりにくいですが、平易に言えば、「不正をしないための指導」と「不正事業所への対処」の手順を示したものといえます。さらに2006年10月には、指導マニュアルが出され(1)不正による取り消し処分を受けた事業所は5年間指定更新をすることができない(2)その法人の傘下にある他の事業所の指定更新ができない(3)新たな事業所の指定が受けられない-という規制が確立したのです。これがいわゆる「連座制」といわれるシステムです。

不正指摘から処分までの経緯

これらの方針を受けて2006年12月、東京都は大手事業所(コムスン、ニチイ学館、ジャパンケアサービス)の調査を行います。そこで大手の3社とも不正が発覚し、東京都は、立ち入り指導や業者を集めての集団指導を展開しますが、その間にコムスンは、「不正を指摘された事業所を自主廃業する」という手段に出ます。「処分逃れと見なされるので思い直すよう」との都の指導に対してもコムスンは「既定方針である」と受け入れず、勧告や命令に従わないという態度で応じます。それに対して厚生労働省は4月10日、大手事業所の全国的な一斉監査を自治体に指令します。その時に青森県、兵庫県、岡山県などでもコムスンの不正が露呈。本来は都道府県が指導するのですが、全国に展開する介護事業所による不正として、厚生労働省も看過できない事態として対応を迫られることになったという経緯があります。順当な手続きを怠り、一方的に廃業したやり方は、脱法に相当すると言われています。ただし、コムスンはこれらの不正を「違法ではない」と釈明しています。

今回の事件は予想された事件です

お年寄りが、ホームヘルパーに身の回りの世話をしてもらうなどの介護を受けた時に、そのサービスに対して介護報酬の1割を支払います。介護報酬の9割は市町村が事業所に対して支払う仕組みをとっており、その財源は、国民の介護保険料と税金などがあてられます。この介護報酬、決して高いとはいえません。また、介護人材は慢性的に不足状況です。ですから、介護事業所の経営難を訴える経営者は数多いと思います。コムスンに限らず不正を行う事業所はいくつかあるわけで、毎月、厚生労働省の報告に挙がってきています。

介護事業所の取り消し数は、7年間で459件

厚生労働省によると、2000年から2006年までの介護事業所の取り消し処分の全体数は、459件。年次の推移はグラフに見るとおりです。なお、2006年度は12月分までですからまだ中途の集計です。これを多いと見るかどうかは微妙なところですが、コムスンだけではなく、結構あるのだなあ、という印象を持たれるかと思います。

介護事業所の取り消し処分数の推移 全国介護保険・高齢者保健福祉 担当課長会議資料(2007年2月19日)より作図したもの

このように不正を行っている事業所は、事業所規模の大小はあるにせよ多数存在するのが現状で、コムスンの事件はいわば氷山の一角。グッドウィルグループの折口雅博会長は、社会に貢献したいという思いから、数ある事業のうちから、介護事業を選択したそうです。今回の事件について折口会長は「把握していなかった」と言っていますが、高齢社会を迎える日本の社会に不安を与えた責任が大きいのだということを自覚してほしいと思います

私たちはどんなことに気をつけたらいいのか

このような事件の被害者とならないように、私たちが注意できることはどんなことでしょうか。これは不正摘発方法の中にヒントがあります。そこで、不正摘発方法の通常業務のうち、分かりやすいものを次に述べます。

  1. 無作為に抽出された利用者の書類提出を事業所に求める方法。中立の立場として介護保険の在宅サービスの媒介(マネジメント)を行うケアマネジャーからの提出書類と突き合せることで、つじつまが合わないところが露見する仕組みです。
  2. 利用者に介護給付費通知を出す方法。利用者に直接確認をしてもらうことで、架空請求が発見できます。
  3. (1)同一法人が複数の介護事業拠点を展開している(2)ケアマネジャーが自分の担当する利用者に同一事業所のサービスに偏ってサービスの媒介をしている(3)支給限度額目いっぱいのサービスを使っている―といった事業所は、特に監査の対象とされています。必要以上のサービスを勧めることにより「不適切マネジメント」が出現しやすいので、「要注意」「疑っていますよ」という意味でこのような監査を行っています。

2007年2月には、このような不正摘発のシステム(実地指導マニュアル)がかなり厳密に構築されました。それはつまり、「介護費用適正化事業」と言い、都道府県だけでなく市町村にも不正を摘発する権限を付与したことを意味します。なお、今回のコムスンの事件は、都に指定申請書を出す段階での不正行為ですので、通常業務とは違ったルートで、取り消し処分相当の段階にいたっています。

では、前述した不正摘発方法を踏まえ、私たちが注意できることを挙げていきましょう。

  1. 利用者確認シート:利用者に配布されてきますので、十分にその内容を点検してください。もし、受けていないサービスが記載されていたら、架空請求の疑いがあるのですぐに市町村への確認・連絡が必要です。
  2. 余分なサービスを勧めてくる場合には要注意:ケアマネジャーが限度額に余裕があるからという理由で、ぎりぎりまで介護サービスの利用を勧めたり、必要以上のサービスを勧めた場合は危険信号です。必要なサービスだけお願いするように心がけましょう。

もちろん、何もかも疑いの目で見る必要はありません。そのせいで、ケアマネジャーやヘルパーとの信頼関係が壊れかねないからです。しかし、「どこにでも不正が起こりうる」と考え、適正な量の介護サービスを受けるように心がけることも今回の教訓でありましょう。国に対しても、「あの時しっかり処罰しておけばよかった」という結末にならないよう、厳正な対処を望みたいものです。

また、厳しい経営環境のなか、高齢者のため、介護に魅力を見出して経営努力をしている多くの事業者や行政担当者がいることも忘れてならないと思います。私が暮らす兵庫県にもいくつかの指定取り消し事業所がリストに挙げられています。私は、6月12日、兵庫県加古川市内で開催されたケアマネジャー研修会に参加しましたが、そこで、加古川市の介護保険課長は「ケアマネジャーは介護保険の中核を担っているキーパーソンである。その自覚と責任を持って適切なケアプランを作成してほしい」と述べられました。

ケアマネジャーは中立で公平な立場を以って適切なケアプランを作ることが義務付けられています。裏返しに表現すれば「特定事業所のサービスに偏ってはいけない」「不適切に(必要以上の)プランを盛り込んではいけない」といったことが、ケアマネジャーに課せられているのです。これが不正を防止する根本的な指針にもなります。ですから、ケアマネジャーや介護担当者は、自らの良識ある働きによって、高齢社会が守られていることを認識してほしいと思っています。

(兵庫大学健康科学部 式恵美子)