今回のテーマは「おふくろの味」である。

だが、そう言われても特に思いつかない、そもそもこの質問にすぐ答えられる奴というのはそんなにいるのか。

確かにおふくろ殿が365日肉じゃがを繰り出してきたというなら、おふくろの味は肉じゃがだ、と即答できるだろう。しかし実家では、結構いろんなものが出てくるものじゃないだろうか。

そもそも、私にずっと飯を食わせ続けたのは、母の母であるババア殿である。というのも、おふくろ殿は私が保育園ぐらいのときからフルタイムで働いており、65になった今でも、週何回かは働いているはずである。

年金が当てにならなくなり、65まで働くのは当然、最悪70まで働かないとやっていけなくなるなどと言われている昨今、そんなまさかと思いつつも、うちのおふくろ殿を見ていると「あの話はマジだったのか」と暗澹(あんたん)たる気持ちになってくる。

自分の家が貧乏だと思ったことはないが、父は自営業であるからやはり母は外で働かなくては立ち行かなかったのだろう。

しかし、子どもだった自分はやはり母が仕事であまり家にいないのが不満だった。なので、保育園だったか小学校だったかは忘れたが、お母さんへメッセージを書こう、という課題があったとき私は「仕事をやめて、もっと遊んでほしい」と書いた。

そんな私に対し母は「薫ちゃんがそう思っていたなんて知らなかった。でもお母さんは働かなくちゃいけないので、わかってほしい」と真剣に言ってきた。あまりのマジレスぶりに、まだ幼児と言ってよい年だったのにゴネることもできず「お、おう……」としか言えなかったことをよく覚えている。母は真面目な人であり、例え相手が幼子でも手加減はしないのである。

しかし、そんな母が働いてくれたからこそ、私はデザイン学科グラフィックデザインコースという何になろうとしているのかさっぱりわからない専門学校に通い、そこを卒業し入った会社で一回もデザインすることなく、精神を病み退社、1年近く無職だったのに餓死をせずに済んだのである。

逆に母がここまで働かず、家に貧乏感があれば、私にもっと自立心が芽生えたのかもしれない。自立心のない私は、一度も実家を出ることはなく、そのまま寄生先を夫に変えた。しかし母の場合は、外で働いても家のことをしてくれるババア殿がいたが、あいにく私にはいなかったため、飯を作るのは私だ。

私ははっきり言ってメシマズ嫁である。しかも、そんじょそこらのメシマズ嫁ではない、まず美味い不味いを越えて、出す飯が腐っているのである。

名誉のために言うが、最初から腐っているわけではない。作ったときは腐っていなかったが、あまったそれを弁当などに入れると腐っているのである。夏など何回夫から「弁当腐っていた」メールが来たかわからない。

夫は好き嫌いがなく、そんなに料理にケチをつけることはないが、腐っていることに関してだけはシビアだった。むしろそこにシビアにならなければどこで厳しくなるんだという話であり、言わないと自分の健康がシビアなことになってくるのだが、しかし、それにしても腐りすぎなのである。

昨日作った夕飯の残りが次の日腐っているのだ。これはもう特殊能力であり、歌い手や、踊り手と同じカテゴリの「腐り手」としてユーチューバーデビューしてもいいレベルだ。ただ画面には腐った食い物が延々映し出されるだけなので、瞬時に垢BANされる恐れがある。

まるでおとぎ話に出てくる「触れたものが瞬時に腐ってしまうため、皆から恐れられている心優しき魔物」みたいな悲しい話だが、この場合主に悲しいのは夫である。よって現在では弁当はほぼ冷凍食品オンリーになっている。これで腐るようなら私の能力もここまできたかという話だが、まだ修行不足なせいか、今では腐っているメールはこない。腐り手としては冷凍食品を腐らせてからが一人前だろう。

そういえば、実家で家の食事はババア殿が作ってくれていたが、弁当を作ってくれていたのはずっとおふくろ殿であった。冷凍食品も入っていたが、卵焼きは必ず朝焼いていたような気がする。とてもじゃないが私は朝フライパンを出して卵を焼く気にはなれない。それだけでもすごいが、母の弁当が腐っていたことはない。

毎日腐ってない弁当を作ることがこんなに大変とは思わなかった。何事も自分がやってみて初めて分かるものである。しかし、冷凍食品を腐らせることはできない未熟な腐り手である私だが、朝焼いた卵が昼腐っているぐらいのことはできるかもしれないので、来年の夏ぐらいに一度トライしてみようかと思っている。

一番重要ともいえる料理がこの調子なので、他の家事はもちろんおろそかであり、夫が担っている部分が非常に大きい、もちろん今は、平日昼間会社員、夜休日作家業なので、やる時間があまりないのも事実なのだが、正直暇でもあまり家事はやらない自信がある。

我が実家の家計が母の勤めなしでは成り立たなかったのは事実かもしれないが、母自身も、同じ労働なら、家事より現ナマになる仕事の方が好きだったのかもしれない。

真面目さは似なかったが、そういうところは似たと思う。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全三巻発売中。