前回までのあらすじ

大雑把な30代独身B型作家である僕(山田隆道)の彼女は、チーという名の几帳面なA型女子。このたび、そんな正反対の二人ではじめての大阪旅行をすることになり、チーを大阪にある僕の実家に連れて帰ることになったのだが――。

このところ喧嘩が多い。

大阪旅行に出発する一週間ぐらい前から、些細なことでチーと口論になる頻度がどういうわけか高くなり、連載第97回目でも書いたように、大阪旅行に出発した直後も駅でいきなりチーと大喧嘩してしまった。

それでも大阪にある僕の実家に到着してからは何事もなく、いたって平和にすごしていた。初日の夜に珍しくレジャー施設なんぞに繰り出し、チーと二人で下手くそ同士のボーリング大会。さっきまでは本当に笑いの絶えない二人だった。

ところがそろそろ帰宅しようとしたとき、またも大喧嘩してしまった。

怒った勢いで、レジャー施設を一人で飛び出していくチー。時刻はすでに深夜12時すぎ。人通りの少ない夜道を、後ろを振り返ることなくどんどん歩いていく。チーの背中がみるみる小さくなっていくことに僕は少し不安を覚えたが、それでも追いかける気力は湧いてこず、レジャー施設の出口で呆然と立ち尽くしたままだった。

喧嘩のきっかけは、本当に些細なことだった。帰宅しようとレジャー施設を出る直前、チーが「トイレに行きたい」と言い出したことに、僕が「わかった。ここで待っているから」と答えたことがすべての始まりだった。

「ねえ、(女子トイレまで)ついてきてよ」とチー。

「ええっ、なんでだよ。一人で行けるだろ」僕は咄嗟に抵抗した。

「トイレがちょっと奥まったところにあるから、女一人で行くのは怖いのよ」

「いやいや、あれぐらい一人で行かなきゃダメだって。馬鹿みたいじゃん」

確かにトイレは僕らがいるところから少し離れた場所に設置されていた。だからチーは怖がったのだろうが、それでも僕の位置からは充分見える場所にあるし、トイレの周囲に怖そうな若者たちがたむろしているわけでもない。正直、これぐらいのことでいちいち付き添っていたら、それはアホのカップルだ。子供じゃないんだからトイレぐらい一人で行けるだろう。僕の中にはそんな思いがあったわけだ。

しかし、それがチーのお気に召さなかったようだ。僕が頑なにトイレの付き添いを拒否していると、次第にチーの頬が膨れ、例のごとく下唇がみるみる捲れだした。

「もういいっ」チーは口を限界まで鋭く尖らせ、高速回転で踵を返した。そのまま一人でトイレまで歩いていく。ほどなくして無事帰還したわけだが、それでもチーの口は鋭く尖ったまま。明らかに怒りのオーラを撒き散らしながら、黙って一人でレジャー施設を飛び出していった。それが今回の喧嘩の顛末である。

もちろん、喧嘩自体はたいしたことじゃないとわかっている。「ごめん」と謝れば済むことだろう。しかし、今回の僕は怒るというより、なんだか無性に疲れてしまった。喧嘩の原因がどうとか、どっちが悪いとか、そういうことはもはや大きな問題ではなく、それよりも喧嘩の回数の多さ、頻度の高さにうんざりしてしまったのだ。

ただでさえ、このところほぼ一日一回のペースで喧嘩している。それが今日は一日二回だ。今朝、東京の家を出た直後に駅で大喧嘩して、その夜もまたこうやって大喧嘩。この喧嘩の多さは一体なんなんだろう。どっちが原因を作るのかということを真剣に考えても、なんとなく埒が明かない気がする。

僕はその場で大きく息を吐き、強引に気分を立て直すと、意を決してチーの背中を追った。「ちょっと待てよ。ごめんって」チーに追いつき、素直に謝った。釈然としない気持ちはあったものの、こうするしか前に進めない。

「もういいよ」僕の謝罪にチーも気を取り直そうとしてくれた。しかし、その表情はどこか空虚だった。たぶん彼女も何か考えるところがあるのだろう。

その後、僕らは国道沿いの歩道を黙って歩いた。ここから実家まではタクシーで帰るのが常套手段だが、僕は少し夜風にあたりたい気分になり、タクシーを探そうともしなかった。きっとチーも同じ気持ちなのだろう。

しばらく経っても、会話はまったくなかった。チーが何を考えているのかはわからないが、僕のほうはずっとネガティブな思考に苛まれていた。ここ最近のあまりの喧嘩の多さ、頻度の高さ。そんなことを冷静に考えていると、だんだん僕とチーとの相性に大きな問題があるんじゃないかと思えてくる。ボーリングをしていたときはあれだけ結婚という文字が頭の中にはっきり映し出されていたというのに、それがいつのまにかおぼろげになってきた。正直、不安でいっぱいなのだ。

実際、僕らの相性はどうなんだろう。もしや水と油だったりして――。

全身を襲う精神疲労のせいか、僕はすっかり憂鬱になっていた。

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