あなたの周りに、認知症の方はいますか? いらしても私は驚きません。厚生労働省の発表によれば、認知症の人口は2025年に700万人を超えると言われます。65歳以上の高齢者のうち、5人に1人は認知症という時代がもうすぐそこまで迫っているのです。
私の家系はもともと長寿で、90代半ばまで生きている方もめずらしくありません。「年をとってボケた」などと昔は穏便に言ったものですが、この年になれば認知症になっても仕方がない……という覚悟は、親族にもあるものです。
ですから私の祖母に認知症の疑いの目が向けられたときも、意外とショックは大きくありませでした。その年齢が来たか、と。
突然、旅支度を始めた祖母
祖母は最初、「老人ホームが政府に監視されている」と言い出しました。祖母は戦時中も疎開先で『アンナ・カレーニナ』を愛読していたゴリゴリの教養人ですが、周りで聞いていた認知症の妄想とあまりに違うので驚きました。
私「妄想って財布を盗まれたとか、嫁に嫌がらせをされてるとか、そういうのを想像してたんだけど……」
父「お父さんだってそう思ってたよ」
と、2人で脱力して笑うしかない。さらにその後、「旅に出なくては」と海外旅行に向けて荷造りを始めました。
私 「おばあちゃん、パスポート取ったことないよね? どうするの?? 」
祖母「そこは大丈夫」
そこは大丈夫なの!? と心の中でツッコみましたが、祖母の妄想は止む気配がありません。一般的に認知症を完治させるのは難しいですし、悪化した場合は、本気で旅立つつもりで徘徊(はいかい)してしまうかもしれない。祖母が自分の意見を通すために暴力をふるうことも覚悟しなければなるまい……。黙々とスーツケースへ服を詰め込む祖母を見ながら、家族会議を重ねました。
失われる信頼関係、そして大けがへ
祖母は家族のリアクションから、"自分の言葉を信じてくれない"と思ったのでしょう。家族に妄想の内容を話してくれることが減りました。そして代わりに、笑顔もなく黙りこくることが多くなりました。特にしんどかったのは、その数カ月後。転んで大腿(だいたい)骨を折ったことを家族に黙っていて、骨折の1カ月後に本人から知らされました。
大けがなのに、老人ホームのスタッフや家族が気づけなかったなんて……。事の大きさに愕然(がくぜん)とする一方で、「骨折のことを相談できないくらい信頼できない」と祖母に思われていたことがショックでした。さらに骨折を放置してしまった結果、治療が遅れて大手術に。
医師から「術後は歩けなくなる可能性が高いだろう」と言われました。これまで親戚を看取(みと)ってきた経験から、歩けなくなると一気に精神的な活力が落ちることを理解していた私。歩けなくなる宣告は、余命宣告のように重く響きました。