カスタムIEM(インイヤモニター)を代表するブランド「Ultimate Ears」。ミュージシャンのみならず、その精緻なサウンドはオーディオファンにも高い支持を得ている。彼らの音に対する哲学と、7年ぶりのリニューアルを受けたフラッグシップモデル「UE 18+ Pro」について、本社セールス・ディレクターのMike Dias氏に話をきいた。

UE 18+ Pro

Ultimate Ears セールス・ディレクター Mike Dias氏

―― カスタムイヤホンを手掛けるようになった経緯を教えてください。

20年以上前のことですが、Van Halenのドラマー・Alex Van Halen氏が、日々騒音の中で仕事をしていることから聴覚に不安を覚えるようになり、それを解決するためのプロジェクトとして、カスタムイヤホンの設計が始まりました。そのとき考案されたのが、外部の騒音を遮断しつつ聴きたい音だけをしっかり耳に届けるインナーイヤーのスタイルです。

プロジェクトの最終的な目標は、スピーカーを見えないレベルにまで小型化して音を耳に届ける、ということでした。いろいろな音が飛び交うステージ上で、この小さなきょう体を使いどのように音を届けるか、それが大きな壁でした。

―― 具体的には、どのような方法で問題を解決したのでしょうか。

ひとつの策が、BA(バランスド・アーマチュア)ドライバーの搭載です。当時はおもに補聴器に利用されていたBAドライバーですが、少ない空気量でしっかり音を出せる、いろいろな要素を表現できるということを評価しての採用でした。

複数のドライバーを搭載しクロスオーバーさせるという手法も、当時からのものです。当初は中低域と高域のデュアルドライバーでスタートしましたが、完璧なソリューションを発見できたわけではなく、よりよい構成・技術を追い求めもう20年経とうとしています。

―― 20年でどのくらいのインイヤモニターを製造されましたか?

Ultimate Earsが扱ってきた耳型の累計は10万組を突破しました。この20年の経験のなかで、何をすればベストに近いパフォーマンスを出せるのかということを知見として持つことができました。ギターにボーカル、ドラムなど、担当パートに応じてベストなコンフィグレーションを見つけ出せるということです。

音は主観的なものですから、どれがベストとは言いにくい部分もありますが、それぞれのニーズに応じた音があるわけで、それが製品ラインナップにつながっています。なかでもフラッグシップに位置付けている製品には、なるべく多くの要素を表現できるよう仕上げています。

―― この20年でイヤホン製造を取り巻く技術にさまざまな革新があったと思いますが、工程に変化はありますか?

カスタムメイドで世界中にユーザーが存在する製品ですから、製造プロセスはかなり困難なものでした。現場によっては職人が近くにいない状況もありますから、判断が難しいこともあるわけです。音はもっとも重要な要素ではありますが、Ultimate Earsは製品を顧客へきちんと届けるためのプロセスの部分に着目し、この数年間研究を続けてきました。

具体的には、各国・地域のパートナー企業との連携を密にし、顧客へ届けるための過程をもう一度見直しました。納期についても、一般的にカスタムインイヤーは注文からデリバリーまで数カ月かかるところを可能なかぎり短縮すべく、製造工程における3D技術へのシフトを進めたのです。

―― では、納期が大幅に短くなったと。

現在は、耳型を採る作業からおよそ1週間です。輸送に起因した遅延は避けら+れないときもありますが、1週間でお届けできる生産体制を構築しました。日本では、e☆イヤホンが3Dスキャニングサービスを実施しています。

―― インプレッションの採りかたによって納期は変わりますか?

インプレッションをシリコンで採るか3D(レーザー)で採るかによる差はありません。現在は、いずれの方法でとった耳型も、3Dデータに変換し3D出力するという生産方法に完全移行しています。以前は受け取ったインプレッションの型をとり、そこから不要な部分を削ぎ落とすという長い工程を経ていましたが、現在ではそのプロセスは必要ありません。

―― 移行にはどれほどかかりましたか?

完全移行には3年ほど要しました。そのうち半分の1年半は、両方の技術(シリコンとレーザー)を並行して行いました。そして、そのことを誰にも伝えずに試聴を重ねることで、移行作業を検証しようと。並行して進めていることを伝えてしまうと、聴き手にバイアスがかかりかねませんからね。我々は客観的に計測したかったのです。

この移行プロセスがうまくいったとしても、同時に悪化した点があってはなりません。100%ポジティブに作用したという確証を得たかったため、新しい技術を日夜追求したわけです。

―― 顧客からの反応はどうですか?

駆動部ではなくシェルの部分の話ではありますが、音質がよくなったというフィードバックはいただいています。フィット感が改善すれば音質も向上するということですね。我々が本来届けたかった音が顧客に届いた、と理解しています。

―― 3Dへの移行にはどの程度の期間を要しましたか?

3年ほど前に製造のバックエンド側は3Dデータだけで対応できるようなシステム構築に着手し、この1年くらいで移行が完全に終了しました。しかし、移行はかなり前から検討していました。物理的な耳型を採るのではなく、レーザーによるスキャンを行う時代になるだろうとの読みがあり、完全3Dのソリューションが存在しない時代から準備を続けてきたのです。」

―― 新製品「UE 18+Pro」が、現行の「UE 18Pro」から変わったところは?

これまでお話してきたことはシェルの部分に関してですが、18+Proはその3D技術をシェルの内側へ向けて活用しています。現行の18Proは6基のBAドライバーを搭載していますが、アナログ的にひとつひとつ配置する製造プロセスでした。個々人でハウジングの形状が異なることもあり、かなりの作業時間を要していましたが、3D技術の活用により6基のドライバーをひとつのユニットにまとめることが可能になったのです。これにより、どのような形状のシェルであっても、狙いどおりの音質を獲得できるようになりました。

ドライバーユニット自体も見直しました。18Proで高音域を担っていたドライバー2基は、高域再生性能を3kHz拡張した「True Tone Driver」に置き換えることにより、さらなる音質向上を目指しています。変更されたドライバーは6基のうち2基ですが、クロスオーバーはいちから見直し最適な音のバランスを追求しました。たとえるならば、「ブレンドをいちから再検討したウイスキー」でしょうか。

UE 18+Proのきょう体

―― 音のキャラクターに変化はありますか?

基本的には、あえて変えていません。前モデル(18 Pro)の発売から7年が経過し、プロフェッショナルユーザーを含め音に対する支持者が多いため、キャラクターを大きく変えてしまうことにはリスクがありますから。ただし、音場表現が豊かになり、中域のクリアネスが向上したことは変化といえるでしょう。

―― UE900s以来のユニバーサルモデル(※)として、夏に「UE Pro Reference Remastered」を発売されましたよね。18+Proでもユニバーサルモデルを用意するということは、製品展開の方針に変化があったということでしょうか?

ユニバーサルモデルといっても、製造工程も内部構造もカスタム版とまったく同じです。手作業が必要な部分は、カスタムと同様に対応していますし。耳の奥深くまで差し込み聴くか、イヤーピースを装着して聴くか、2つの選択肢を用意したに過ぎません。社内では、ユニバーサルモデルもカスタムの一種という認識です。どこかの工場で大量生産しているわけではなく、装着方法に違いがあるだけです。夏に発売した「UE Pro Reference Remastered」についても、まったく同じことがいえます。

※個人の耳型に合わせて製作しないモデル。一般的なイヤホンと同様、イヤーピースを装着して使う

先ほど1週間で届けられると言いましたが、すぐ欲しいというお客様もいらっしゃいますからね。カスタムメイドにハードルの高さを感じるお客様でも、手軽に試していただきたいことも理由です。それに、耳型は人それぞれですから、カスタムIEMで感じた音は他の人にシェアできませんが、ユニバーサルモデルならば可能です。いずれにせよ、18+Proをより多くの方に体験していただくためのソリューションの1つです。

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カスタムIEMの先駆であるUltimate Earsのこと、製造プロセスにはさぞこだわりが……という予想はいい意味で裏切られた。耳型のデザインをデジタル・3Dモデリングへ移行する際、移行期間の前半分は検証のため新旧技術を同時に運用していたというのだ。しかもそれを社外に漏らさなかったということは、ビジネスとして慎重を期したかったこともあるだろうが、耳型というカスタムIEMの根幹部分を真摯に突き詰める姿勢があることにほかならない。次の20年にも大いに期待しよう。