「お茶の水、大勝軒」(東京都千代田区)は8月23日、「カレーライス」を期間限定で発売した。つけ麺の発祥店として知られる「大勝軒」がなぜカレーを? 気になる味を確かめるとともに、その理由を聞いてきた。

「お茶の水、大勝軒」の「カレーライス」(税込770円)

「大勝軒」の「カレーライス」とは?

そもそも「大勝軒」は1961年の創業当時、「特製もりそば(つけ麺)」「中華そば」以外にも「タンメン」や「チャーハン」「カレーライス」などのメニューを提供していた。しかし、「特製もりそば」が人気になったことで、今から約40年も前に「特製もりそば」と「中華そば」以外のメニューを封印。それ以降はのれん分け店舗でも、この2種類のみを販売していた。

1961年創業当時のメニュー

旧「大勝軒 東池袋店」の元店主・山岸一雄氏の元で修行していた田内川真介氏は、「昔のメニューを復活してほしい」という条件で「お茶の水、大勝軒」を出店。山岸氏にチェックしてもらいながら「餃子」「カレー中華」「タンメン」「シュウマイ」「ワンタンメン」などを復活させ、提供を開始した。

2015年に山岸氏が亡くなってメニュー復活は一時ストップしたが、山岸氏が以前店主を務めていた「中野大勝軒」(東京都中野区)の協力のもと、2016年6月には「冷やし五目そば」を再現することに成功。そして、2016年復刻メニュー第2弾として登場したのが、今回の「カレーライス」だ。

2016年6月に復刻した「冷やし五目そば」

「カレーライス」は家庭的で懐かしい味わい

タマネギを炒め、「大勝軒」自慢のスープを加えて煮込んで作ったのがこちらの「カレーライス」。煮干し、さば節、かつお節でだしをとったスープのおかげで、和風な味わいに仕上げた。具材はタマネギとニンジン、ジャガイモ、豚肉の4種類。味付けにはカレー粉のほか、赤ワイン、トマトピューレ、ニンニク、ハチミツなどが使用されている。

見た目は家庭的なカレーライスだ

早速食べてみると、その優しい味わいに思わずため息が漏れてしまった。辛さは、はじめはほとんど感じられず、野菜の甘味やうま味が口に広がる。その後にスパイスの辛さがじんわりと感じられた。子どもから大人まで幅広い世代から好まれる味わいだ。

優しい味わいに思わずため息が漏れる

具材は、山岸氏が子どもの頃から親しんでいた「横須賀海軍カレー」に似せて大きめにカット。ゴロッとしているが、よく煮込まれて柔らかく仕上げられていた。田内川氏によると、「山岸氏のカレーライスは、優しい味わいの昭和のカレー」だという。

具材はゴロッとしているが、やわらかくほろっと崩れる

「お茶の水、大勝軒」が山岸一雄氏の味を継ぐまで

数多くののれん分け店を抱える「大勝軒」は、山岸氏による「その土地に合わせた味を見つけ出してほしい」という方針もあり、各店の味に特色が見られる。しかし、この「お茶の水、大勝軒」だけは、山岸氏より「大勝軒の味を守ってほしい」と言われたという。

田内川氏は、小学生のときから山岸氏のいた旧「大勝軒 東池袋店」に通っており、高校生の時は週2日は行くほどのファンだったとのこと。なぜ数多くの弟子がいる中、田内川氏にだけそう言われたのか、その理由を実際に聞いてみた。

「お茶の水、大勝軒」店主の田内川真介氏

―――山岸氏から「継いでくれ」と言われたのはいつ頃ですか?

修行が終わるときですね。大学を出て就職してから少したった27歳のときに修行を始めました。大学時代も「大勝軒」でアルバイトしていたので、マスター(山岸一雄氏)が戻って来いと声をかけてくださいました。1年半の修行ののちに「お茶の水、大勝軒」をオープンすることになり、そのときに「継いでくれ」と言われました。

―――当時の心境は?

子どもの頃からマスターの味が好きだったし、息子のようにかわいがっていただいたので、やっぱり引き継ぎたいという気持ちは持っていました。約300人の弟子がいる中で、自分だけがそう言われたのは誇りに思っています。

―――味を引き継ぐと同時に、創業当時のメニューを復刻してほしいとの条件がありましたが、難しかったのでは?

そうですね。レシピはあるけど、作ったことも食べたこともない料理だったのできつかった。レシピ通り作って、マスターに試食してもらって調整してもらうことを繰り返しました。30年以上も前なので、マスター自身が忘れていることもあったんですよ(笑)。

―――今後もメニューの復刻は続けていくのですか?

はい。創業当時の味を復活させることは、マスターの味を守ることにつながります。例えば、今年の6月に販売開始させた「冷やし五目そば」は、「特製もりそば」の味の原点になっています。「冷やし五目そば」の酸味と甘味のきいた味わいが、「特製もりそば」のつけ汁開発の鍵になりました。

味の原点を再現することで、作っている味の歴史的な背景を知ることができます。「マスターはどういう風に物を開発したのか」を追うことで、創業時の味に近づけるヒントになると考えています。

「大勝軒」の「特製もりそば」

―――今後も山岸氏の味を継いでいくんですね

そうですね。今でも、マスターが残してくれた常連さんが当時の味を教えてくれます。「今日のスープは味が違う」とか、厳しく評価されることもあります。この味だけは変えたくない。難しいですけど、私が変えたことでがっかりされるお客さまも多いですし、ここはしっかり守っていきたいと思っています。

―――ありがとうございました


山岸氏の味を忠実に再現している「お茶の水、大勝軒」。復刻した「カレーライス」は11月30日まで販売する予定だが、今後の人気によっては存続させていくこともあるという。40年以上も前に封印された山岸氏の味はこれからも再現し続けていくとのことなので、伝説の味を食べてみたいという人はぜひとも一度訪れてほしい。

「お茶の水、大勝軒」(東京都千代田区)。ちなみに店名の「、」は、「お茶の水大勝軒」では字画が悪かったから追加したそうだ

内装は旧東池袋店をイメージしている