日本周産期メンタルヘルス研究会評議員で、産婦人科医として「広尾レディース」(東京都渋谷区)の院長も務める宗田聡先生

10人に1人の割合で発症し、2人目以降の出産で初めて自覚するケースもあるという「産後うつ」。産後うつの引き金となるのは、どんな要因なのだろうか。また「産後うつかも」と思った時、見極める方法にはどのようなものがあるのか。日本周産期メンタルヘルス研究会評議員で、産婦人科医として「広尾レディース」(東京都渋谷区)の院長も務める宗田聡先生に聞いた。

体の変化だけじゃない、うつ発症の引き金

まずなぜ産後うつは起こるのか。「明確な理由はわかっていないのです」と宗田先生。考えられるのはまず身体の変化。妊娠、出産により、ホルモンバランスが変わり、分娩(ぶんべん)による身体的なダメージも大きい。

その上で外部的な影響、例えば産科的因子(未熟児の出産、帝王切開、子の先天性の病気の発覚)や環境因子(核家族化、親の高齢化、離職による収入減)などがあると、本人の気質や、性格とも複雑に絡み合って発症の引き金となるそうだ。

また社会全体で産休の制度が整い、出産ギリギリまで仕事をする女性も増えている。「これまで段取りよく仕事をしてきた人にとって、育児はそのパターンが一転する。予定通り物事が進まない。片づけても片づけても終わりが見えない。自由時間の消失。睡眠不足。これらのストレスが誘因となってうつを発症してしまう」と宗田先生は分析する。

出産前にこころの病気を患ったことがある女性は、産後に再発しやすいという面もあるという。女性の社会進出が進み、出産が高齢化してきたことで、出産までの間に仕事やプライベートでストレスにさらされる時間が長くなったとも言える。厚生労働省の調査によると、うつ病を含む「気分障害」を持つ患者は年々増加しており、患者数も女性のほうが男性より1.6倍も多いことがわかっている。

産後うつは患者の行き場がない

産後うつについて、イギリスやアメリカでは早くから研究が進んでいたそうだが、日本でその実態は把握されてこなかった。2016年に入り、東京都が本格的に調査をしたところ、自殺で亡くなった妊産婦数が過去10年間で63人にのぼることが判明。その数は妊娠、出産時のトラブルによる死亡の約2倍にあたるという事実が公表された。母体や胎児に対する管理は徹底され、分娩(ぶんべん)が安全なものになってきたのに対し、妊産婦のこころのケアが後回しにされてきた実態が浮かび上がる。

「これまで産科は産後1カ月健診で母体に問題がないと、それ以降はお母さんを継続して診察するということはなかった。精神科は精神科でより重症な患者さんと比べて、産後のうつは軽いものと見がちだった。産後うつを発症しても、患者さんの行き場がなかった」。確かに産後は、乳飲み子を抱えてまで自分の不調で病院に行く母親は少ない。ましてや気分の浮き沈みに関わるようなことは、どこで診てもらうか迷うし、我慢してしまいがちだ。

「お母さんの自殺もショッキングだが、子どもへの虐待、ネグレクトも心配。産後うつのお母さんはやる気がなくなってしまうので、子どもが泣いても反応しない。それを繰り返していると母子の愛着形成がうまくできなくなる」と宗田先生は警鐘を鳴らす。一生懸命泣いても親から無視される状態が続くと、子どもが精神的に問題を抱えてしまうこともある。お母さんもまた、子どもがかわいくないのではなく、病気だからできないわけで、「自分が育てなければこの子はもっといい子に育つのに」と考える。親子で負のスパイラルが続いていく場合もあるという。

次ページでは、そんな「産後うつ」を発症していないか、自分でチェックする方法を紹介する。