「スポーツで稼ぐという風土を作る」。スポーツ庁長官に就任した鈴木大地氏の言葉から分かる通り、日本政府は「スポーツに費やす」から「スポーツで稼ぐ」への意識改革を図っている。スポーツ庁の発足は2015年10月だが、同庁では2016年2月に「スポーツ未来開拓会議」を立ち上げ、民間の有識者などを交えてスポーツ産業の活性化に向けた議論を始めた。この会議でまとめる提言は、2016年前半にも政府が策定する「一億総活躍プラン」の一部に反映される可能性がある。

早稲田大学スポーツビジネス研究所所長でスポーツ科学学術院教授の間野義之氏。スポーツ未来開拓会議の座長を務める

日本のスポーツ産業を取り巻く雰囲気に変化?

現政権が目標に掲げるGDP600兆円の達成に向けては、成長産業を探し出し、あと約100兆円のGDPを積み増す必要があるわけだが、政権側はスポーツ分野にも伸び代があると見込んでいるようだ。スポーツ庁は現状5兆円程度のスポーツ産業の規模を15兆円に引き上げるという目標を掲げている。

一億総活躍プランにスポーツ産業の成長戦略を盛り込みたい政府は、有望な分野の1つとして大学スポーツの産業化にも目をつけている。スポーツ立国を標榜する日本政府の姿勢が、大学スポーツを取り巻く反ビジネスの雰囲気を変えようとしているわけだ。このタイミングでアシックスが大学スポーツの産業化に名乗りを上げたのも偶然ではないだろう。

それでは実際に、日本の大学スポーツにビジネスとして発展の可能性はあるのか。間野教授に話を聞くと、いくつかの課題が浮かび上がってきた。なかでも問題となりそうなのは、大学スポーツの興行的な発展を阻む大型施設の不足だ。

観るスポーツとしての成立が必須条件

大学スポーツを産業化する場合、まずは人気競技を育て、競技場を満員にするところから始める必要がある。集客力が高まればチケット収入が見込めるうえ、テレビなどでの中継が実現すれば放送権料で大きな収益を生み出すことも可能となる。人気スポーツが育てば、用具、ウェア、グッズなどの販売でアシックスのような企業にも商機が出てくる。つまり、「観るスポーツ」として一般社会の認知を得ることが最優先課題なのだ。

アシックスは早稲田大学に対するウェア・用具の供給、早稲田の校章・マーク入り製品の販売、早稲田と共同での製品開発などを進めるが、その先の目標として大学スポーツの産業化を掲げる

米国では大学が数万人規模の収容能力を持つスタジアムやアリーナを自前で保有し、スポーツのビッグイベントで多くの観客を集めているが、日本の大学で自前の大規模施設を保有している例は少ない。興行として発展していく前提条件として、日本の大学スポーツは「観る場所」を整備していく必要がある。間野教授によると、大学スポーツの施設不足を解消する1つの方法は、大学と企業による「ダブルフランチャイズ化」の推進だという。

ダブルフランチャイズとは、1つの競技施設を2つのスポーツチームが本拠地として使用すること。スポーツチームを保有する企業が、資金を投入して大学の体育館などを改修し、その施設を大学の運動部と分け合って使えば、企業と大学の両者が大型施設を本拠地に設定できる。例えばバスケットボールの「Bリーグ」のように、大型施設の保有が加盟条件となっているリーグも存在するため、大学の既存施設を使えるダブルフランチャイズにメリットを見出す企業も出てきそうだ。

「観るスポーツ化」に向けた課題は場所の不足だけではない。大学スポーツに携わる組織は、集客についても知恵を絞る必要がある。