東京都品川区には、わずか460円の入泉料で2種類の天然温泉を楽しめる湯処がある。ぜいたくなかけ流しを460円で堪能できるというだけでも驚きだが、さらにその裏に隠されたストーリーもまた興味深いものがあるという。一体、どんな湯処なんだろうか。

「武蔵小山温泉 清水湯」の女性用露店風呂

二代目の奮闘で客数は3倍に

施設の名前は「武蔵小山温泉 清水湯」(東京都品川区)で、創業は大正13年(1924)。当時は竹林が広がる武蔵野の地で、毎日、家一軒分の廃材を燃やして湯を沸かしていた。つまり、当時は天然温泉ではなかったため、人力で湯を沸かす必要があったのだ。しかし冒頭の説明通り、現在では温泉が湧いているのだが、創業当時と変わらず「銭湯」という形態を貫き、東京都の公衆浴場入浴料金で利用者を楽しませている。

ではなぜ、現在では本物の天然温泉を楽しめるかというと、高度成長期に銭湯文化が衰退したことで、客足が減り続けることを見かねた二代目がある時、温泉採掘を決意したから。とはいえ、「品川では温泉が出ない」と言われていたこともあり、出るか出ないかは掘ってみるまで分からない。

それでも勝負に出た二代目は平成6年(1994)、見事勝利を手にし、客数を3倍に増加させることに成功した。その時に掘り当てたのは、約100~200万年前の地層から湧き出る「黒湯温泉」。肌の軟化作用にすぐれ、保温や保湿に効果を発揮するため、"美人の湯"と呼ばれることもある名湯だ。

そして現在では、2007年に採掘した第二源泉を楽しめる「黄金の湯」とともに2つの温泉を楽しむことができるのだが、こちらの湯はイソジンの成分であるヨードがかなりの濃度で入っていることもあり、切り傷やかすり傷、のどの痛みなどにも効果を発揮するという。

女湯の内風呂には天然温泉の黒湯も

銭湯文化を守るために

さらに、女性専用の岩盤浴(別料金1,300円)、サウナ(別料金400円)なども完備しているため、最近では美容に関心の高い若い女性客も多いという。

「当初は家庭風呂がない時代でしたから、銭湯の役割は公衆衛生という側面が強かったようですが、現代ではレジャー感覚で楽しまれている人が多いですね。それに、滅びゆく銭湯産業に対しての懐古的な思いを抱かれている人もいらっしゃるようです」。

そう語るのは、三代目として清水湯を切り盛りしている川越太郎さんだ。川越さんいわく、集う「理由」に変化はあれど、「存在意義」は変わることがないのが銭湯だという。

「銭湯って、地域の人にとっての"灯台"のようなもの。そこに暮らす人たちの心をぽっと明るく照らし、明日への希望や活力を与えられる場ですよね。手ごろな値段で裸の付き合いを楽しめる社交場であると同時に、"いつでも帰ってこられる安住の場所"でありたいと考えています」。

とはいえ、日々家庭の風呂も進化しているこの時代。実際のところ、全国各地の銭湯は月一のペースで廃業しているそうで、川越さん自身、清水湯の原型である銭湯文化の存続にも貢献したいという。

「銭湯の価値を高めていくことも、私たち銭湯経営者の使命ですから。日々の生活に銭湯を取り入れることで心も身体も美しくなることを、ぜひ多くの人に伝えていきたいですね」。

湯が温かければ川越さんもまた温かい、というより熱い。だからこそ、訪れる人の心にも一段と染み入るものがあるに違いない。。