【レポート】

Apple Watchと農家のコラボ - 阿蘇の大地に広がる田園で展開されている先進的なテクノ農業

稲葉雅己  [2015/09/30]

iPhoneやiPad、Macがビジネスシーンで利用されるのは当たり前のことになっていて、今となってはさほど驚きもない。しかし、今回の取材は本当にビックリした。稲作の現場でiOSデバイスやApple Watchを活用しているという熊本県阿蘇市・内田農場の事例を紹介しよう。

内田農場の圃場。経営面積約50haのうち米は40haとのことだ

従業員5名の内田農場では全員がiOSデバイスを利用している。使いやすさは言うに及ばず、グラフィカルであること、圧倒的にタッチパネルレスポンスが優れていることから導入を進めたとのことだ。

内田農場の代表取締役社長、内田智也さん

稲作農家の日常業務の1/4は田んぼの水位と水温モニターの管理である。管理を怠ると米の品質に影響が出てしまうので、ブランド化を図る農家にとってはもっとも重要な業務の一つであるとされている。品質に影響どころか、時としては一反全滅ということもありうるので、まさしく死活問題となるのだ。内田農場は、iPhone、iPad、Apple Watchと水田モニターシステム「Paddy Watch」を活用し、これまで経験からしか得られなかった農法のノウハウを別な形で獲得しようとしている。内田農場の代表取締役社長、内田智也さんは、「決して先進的なことをやっているわけではないです、というのも40年、50年前から栽培の方法って変わってないんですよ。普通の製造業ではありえないですよね。加えて、米の価格はどんどん下がっているのに、製造業のように過程を飛ばすことができないんです」と話す。

耕耘機、播種機などが並ぶ

内田農場は、阿蘇のスケールを生かした土地利用型農業の確立を目指して設立された。創業は20年前、当時は養豚経営であったが、水害で飼っていたブタからなにから流されてしまい、稲作農家にシフトした。世界重要農業遺産システムにも登録され、稲作に適していると言われている阿蘇の大地だが、内田さん曰く「逆にいうと米しかできない。土地一帯は、大昔はカルデラの沼だった」とのこと。東北と同じで米作以外、不適な土地なのである。

内田さんの内田農場入社は、東京農業大学を卒業した7年前、「卒業式の次の日に父がダンプカーで迎えに来た」と当時を振り返る。「農業は米を作るだけでなく、何をやってもいい」と内田さん。後継者不足と長年言われているが、それは前の世代の人々の責任、農業に携わるということに関して「夢」を語ってこなかったからだと指摘する。それに対し、内田さんのご両親は仕事から帰るといつも笑顔で、ああ、やってて楽しんだろうなと幼い頃から思っていたそうだ。農業に限らず、一所懸命にやることが大事で、それが顧客の獲得、信用に繋がっていくと内田さん自身の表情も明るい。わくわくして眠れないということもしばしばだと喜々としているのだ。もともと沼だった土地なので、播種機などを水田に入れるとズブズブと沈んでいってしまいどうにもならない。そこで、乾田直播という畑の状態の田んぼに種をまくという農法を取り入れようと考えたとのことだが、そのアイディアを練っているときも、とても興奮したという。苦労も多かったが、初めて芽が出たときは泣いたと、その感動を伝えてくれた。

内田農場で栽培されている米の品種は15種にのぼる

実験的な試みをして失敗するたびに、大学まで行って何やってるんだと後ろ指を差されることもあったそうだ。実際のところ、大学での研究がどの程度、活かされているのかと伺ってみたところ「実はあんまり真面目な学生じゃなかったんですよ(苦笑)。社会勉強という名のアルバイトであったり、社会勉強という名の合コンが役に立っているのは間違いないですけど。内田農場のスタッフって農家の出身じゃないんです。農家出身者は即戦力で、次に何をやるかわかってるんですけど、言い方を変えると、疑問を何も抱かないので、イノベーションが起こらないんですね。根拠もなく、先代から引き継いだものだからってことをやってしまうケースもあって、虫がいないのに農薬撒いたりといったことをやってしまいがちなんです」と冗談混じりに答えてくれた。内田さんにとっては「何で?」と思うことが大切なのだ。食糧管理制度が敷かれていた時代は政府が米を買い上げてくれたので、そんなに困ることはなかったのだろうが、改正食糧法の施行、農地法改正により状況は一変している。米農家は価格が下落し続ける中で戦っていかなければならないのである。

Apple WatchにインストールされたPaddy Watchアプリ

そういった中で、内田農場ではiOSデバイスを稲作に活用することを決めた。前述した通り、田んぼの水位と水温モニターの管理に利用されている。ベジタリア株式会社と株式会社イーラボ・エクスペリエンスが開発した「Paddy Watch」では、水田に設置されたセンサーから、水、天気、地図情報をiOSデバイスに送り、現場にいなくともリアルタイムで田んぼの状態を把握することができるのだ。Paddy Watchは棒状の設置施行部材にセンサーと計測器、3Gの通信モジュールを取り付けた「フィールドサーバ」と、センサーから取得した情報を表示するiOSアプリから成る。フィールドサーバは設計自体がシンプルかつ、風雨に曝されても壊れない堅牢な構造になっているだけでなく、低コストでの導入が可能となる模様だ(現時点で販売価格は未定とのことだが)。水田管理労務費は経営コストの約30%を占めるとも言われているので、iOSデバイスとPaddy Watchを利用するメリットはとても大きい。

田んぼに設置されたPaddy Watchのセンサー部分であるフィールドサーバ。Paddy Watchのセンサーのモジュールは、水田の農業支援サービスをベジタリアが開発・販売を行い、水田センサは農研機構の知財許諾および自社特許を持つイーラボ・エクスペリエンスが開発・製造を担当している

フィールドサーバの計測器部分とセンサー部

リアルタイムで水田の状態が把握できるというのは非常に重要で、管理範囲外の温度や水位になった場合、水門の開閉等の対処をすぐ行えるようになる。従来は、変化があったとしても気づかずそのままだったりして、結果、朝、出かけてみたら稲が全部倒れていたということも頻繁にあったらしい。確認するにも、全部人力で行っていたので、農場を時間をかけて回る必要があった。ところが、iOSデバイスとPaddy Watchを利用するようになって、省力化が図れ、巡回する時間に他の作業を行うことができ、作業効率が大きく向上したのである。特にApple Watchは、Paddy Watchの主要な管理項目、水温・水位が直感的なUIで提供されており、これまでITとは馴染みがなかった従業員にも、スムーズに導入することができたという。Apple Watchでは振動による警報が通知されるので、対応が必要な場合、すぐ水田に駆けつけてトラブルシューティングが行える。水田の情報がスワイプで一枚一枚チェックできるのも特徴だ。

実際に水田に設置されたPaddy Watchのフィールドサーバ

また、これまで伝承されてきた方法論が、ビジュアライズ、データ化されることで、環境的な要因と作物のクオリティの関係性を明確にすることができ、新たな農業の担い手の育成に役に立っているとのことである。これは本当に革新的なことで、4、50年変わっていないという栽培方法にも変化を齎す可能性が高まってきたと言えよう。

さらにiOS標準のFaceTimeを利用することで、対応が必要な現場にいる担当者と連絡をとりあって、的確な指示を出すことが可能になった。FaceTimeは映像で情報を伝達できるので、広い農場を関係者全員で確認に行くこともなくなった。それ以外にも、メールで顧客対応業務、社内連絡および指示を、LINEで簡単な連絡、圃場の情報共有を行っている。

Paddy Watchの製品化、販売は2016年の春からの田植え利用に向けて準備を進めているとのこと。製品化に際しては、病虫害予測を詳細に行う、水管理のカレンダーを入れる、などの機能を盛り込むことが検討されている。なお、この写真についてはApple WatchとiPhoneがまったく同じ瞬間のデータを捉えたショットではないので留意頂きたい

環境を制御することはできないので、こういったシステムを構築することで状況に瞬時に対応するというわけだ。同じ一次産業でも、農業はその形態の性質上、なかなか今日はダメでも明日があるというわけにはいかない。酪農ならともかく、もしダメなことが起こったら、来年までは何もできないという事態が生じうる世界なのである。その上で、内田さんは「よく攻めの農業ってことが言われますが、守りの農業も大事で、その守りの部分をICTに担っていってほしい」と語る。今後はIoT連携により、水門の自動開閉と病虫害予測、高温登熟の対策や水管理適性化による食味向上も期待される。ブランド化による高付加価値経営もまた望めることだろう。水田の環境把握と作業実施有無を一覧管理し、収穫されたお米の品質を比較することででPDCAサイクルを回して、稲作ブランド化を推進したいとのことだ。「テクノ農業」ここにありという趣きである。

内田農場でとれたお米、純米吟醸酒「うち田」は消費者向けの販売も行っている。詳細はWebサイトを参照

内田農場で収穫されたお米の多くは企業に納品しているという。大手牛丼チェーンやコンビニエンスストアが主要な取引先とのことなので、もしかしたら、読者の皆さんの胃袋にも収まっているかもしれない。また、純米吟醸酒「うち田」の製造にも関わっている(「うち田」は、福岡県久留米市の蔵元、株式会社杜の蔵との契約で製造されており、内田農場は酒米の栽培を手がけている)。商品の取り扱い店舗は内田農場のWebサイトで紹介されているので、命を懸けて作ったお米を食べてみたいと思ったなら是非チェックしてみてほしい。

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