今、外国人に大人気の温泉が群馬県利根郡にある。渓流沿いに延べ面積約470畳に及ぶ4つの大露天風呂を有し、2014年公開の映画『テルマエロマエII』の舞台になったことでも知られる、自然と一体となった温泉「宝川温泉 汪泉閣(おうせんかく)」だ。

宝川沿いに作られた「宝川温泉 汪泉閣」には、宝川を挟んで位置する「子宝の湯」(写真左端)や「般若の湯」(写真右端)のほか、4つの大露天風呂がある。24時間入浴可能だ(画像提供: 宝川温泉 汪泉閣)

"群馬4大温泉"で日本武尊の病も治した湯

そもそも群馬には"群馬4大温泉"とも称される温泉郷があるのだが、この宝川温泉はそのひとつである水上温泉郷内にある。宝川温泉の歴史は古く、日本武尊(やまとたけるのみこと)が病になった際、白鷹によってこの温泉に導かれ、湯に浸かると病が治ったという民話が残されており、別名「白鷹の湯」と呼ばれている。泉質は単純温泉で、4つある源泉からは毎分1,800Lもの湯が沸いている。

宝川温泉の一軒宿「宝川温泉 汪泉閣」の創業は大正12年(1923)。宝川温泉がある藤原地区は昭和の初めまで銅山の採掘が行われていた地域で、昭和20年代後半からはダム建設などでにぎわい、当時温泉を利用するのは地元の人が中心だった。それから大正時代、若山牧水が記した『みなかみ紀行』に藤原郷が挙げられ、外から多くの人が来るようになったのは昭和40年代になってからだ。

汪泉閣の客室と大露天風呂をつなぐ白鷹橋。橋の上からの景色を写真の収める人が絶えない。橋を渡った先には熊やうさぎなどが飼育されている

汪泉閣の代名詞である大露天風呂を構想整備したのは初代社長の小野喜與蔵氏。地元では元々、宝川の川沿いの水がぬるいという言い伝えがあった。汪泉閣の水道は沢から水を引いていたが、ある時、井戸を掘るとお湯が噴き出たという。そこで小野社長は、ここを掘れば温泉が出るのではと考えたそうだ。ただ、浴槽をつくって10数年は雨ざらしのままだったため、他にないこのダイナミックな大露天風呂の構想が固まるまでには長い時間がかかったという。

外国人を魅了した大露天風呂は混浴!?

外国人観光客が多く訪れる理由はやはり、渓流沿いに広がる大露天風呂だ。世界最大の旅行ガイド『ロンリープラネット』が選ぶ「日本の温泉トップ10」で1位に選ばれた理由も、その自然と一体となった開放的な空間や、4つのうち3つが混浴というおおらかな温泉の魅力にある。最近、ロイター通信の外国人記者が選ぶ「世界の10大温泉」にも選ばれ、その人気は高まるばかりだ。

紅葉の季節に訪れた「摩訶の湯」(画像提供: 宝川温泉 汪泉閣)

筆者が訪れた日も多くの外国人客の姿があり、様々な国の言語が飛び交っていた。オーストラリアや北米、スペイン、イタリア、最近はタイからの観光客も多いと言う。しかし、どうして汪泉閣にこれだけ多くの外国人が訪れるようになったのだろうか。

外国人客が増え始めたのは2007年頃。きっかけは2005年頃から海外のエアラインのスタッフが訪れるようになり、その情報が成田などで口コミで広がったことにあるようだ。その後、『ロンリープラネット』に掲載されて広く知られるところとなり、2008年には旅行口コミサイトの「トリップアドバイザー」が選ぶ「外国人が最も注目した日本の観光スポット2008」で16位に入るまでになった。映画『テルマエロマエII』公開後は香港や台湾などアジアからの客も増えているという。

宝川など里の大自然の中で湯を楽しむ

24時間入浴できる汪泉閣の大露天風呂には、200畳の「子宝の湯」、120畳の「摩訶の湯」、50畳の「般若の湯」という3つの混浴風呂のほか、100畳の女性専用「摩耶の湯」の4つがある。白鷹の橋を渡り最初に般若の湯、その奥には魔訶の湯、そのさらに奥に摩耶の湯があり、川をはさんでもうひとつ橋を渡った先にあるのが子宝の湯と、川と自然と大浴場とが一体化したような風情がまたいい。「とは言え、混浴はどうも……」という女性もいるだろうが、女性宿泊客には湯あみ着が提供される。

女性専用の「摩耶の湯」は、雪の季節の夜に訪れるのもいい(画像提供: 宝川温泉 汪泉閣)

汪泉閣で最も有名な摩訶の湯は男性客が多く、そこに女性が入っていくのはためらわれるかもしれないが、夕食の時間など比較的すいている時間帯もある。また、子宝の湯は200畳と広々しているので、混浴が初めてでも比較的抵抗なく入れるだろう。なお、大露天風呂のほかに、男性・女性専用内湯も設けられており、こちらも24時間利用できる。

新緑が美しい季節の「子宝の湯」(画像提供: 宝川温泉 汪泉閣)

女性宿泊客には混浴風呂用の湯あみ着が提供される

客室はレトロとモダン、どちらもそろう

汪泉閣には、昭和11年(1936)築で木造2階建ての「第一別館」と昭和30年(1955)築でヒバ造り3階建ての「本館」、昭和41年(1966)築で鉄筋コンクリート造りの「東館」がある。

中でも第一別館は最も古い建物で趣がある上に景観も美しいため、外国人に人気の客室となっている。ただ、第一別館は洗面所やトイレは共用だ。一方、本館もまた趣があり、トイレは各客室に設置されている。そして、東館は最も新しい建物で1999年に全面改装された経緯もあり、一部にバストイレ付きの部屋もある近代的なつくりとなっている。

外国人に人気の客室は、左手前にある風情ある昭和11年(1936)建築で最も古い木造2階建「第一別館」

客室は露天風呂にも近く、第一別館の窓からは宝川や白鷹橋、遠くに大露天風呂を臨むことができる絶好のロケーション

気取らない素朴な山のもてなし料理

また、温泉のお楽しみに料理を挙げる人もいるだろう。もちろん、汪泉閣は料理にも手をぬかない。山の温泉らしい気取らない素朴な料理が特長で、中でも「熊汁」は汪泉閣の名物料理。ちなみに、宝川温泉内には熊が飼育されているが、その熊たちの肉ではないのでご安心を! 飼育されている熊はもともと母熊とはぐれた小熊だったらしく、今では宝川温泉のシンボル的な存在だ。

気取らない、素朴な山のもてなし料理。食事には名物の熊汁も。食事は基本外国人にも同じメニューが提供される

そんな汪泉閣へは上越新幹線「上毛高原駅」より路線バスで約25分、または、JR水上線「水上駅」より路線バスで約30分となる。1日1便ではあるが、各最寄り駅から無料の送迎バスも運行している。宿の予約は基本ふたり以上となるが、土曜日以外の日で空きがあれば、ひとりでも受け付けてもらえることもある。なお、日帰りで宝川温泉を利用したい時は「宝川山荘」へ。こちらには、売店や食堂、休憩所が設けられている。

外国人に話題の温泉「宝川温泉 汪泉閣」。「えっ、行ったことないの!? 」と外国人に言われる前に、ぜひその魅力を体感していただければと思う。

※記事中の情報・価格は2015年6月取材時のもの

筆者プロフィール: 水津陽子

フォーティR&C代表、経営コンサルタント。地域資源を活かした観光や地域ブランドづくり、地域活性化・まちづくりに関する講演、企画コンサルティング、調査研究、執筆等を行っている。著書に『日本人がだけが知らないニッポンの観光地』(日経BP社)等がある。