『アル中ワンダーランド』(まんしゅうきつこ 著/扶桑社/税込1,188円)

いきなりですが、今日はみなさんに、ある説をプレゼンしにやって参りました。題して、「自分は依存症じゃないと言い切れる人なんていない説」です。

いや、待って待って、読むのやめないで! ツムツム始めないで!

気持ちはわかります。依存症なんて、特別な人がなる、特別な病気。そう思いたい気持ちは重々承知です。私もそう思ってました。だって、タバコ吸わないし。自分がツイてない人間だって知ってるから、怖くてギャンブルできないし。飲むとすぐ眠くなっちゃうから、酒も付き合い程度でしか飲まないし。

でもね、ちょっと待って。あと、ツムツムもいったんやめて。ためしにこの本を読んでみてほしいんです。今、大注目の漫画家・まんしゅうきつこ氏が自身の実体験を描き下ろした『アル中ワンダーランド』。これを読むと、アルコール依存症が決して"特別な世界"ではなく、ありふれた日常と地続きにあるものだということがわかると思います。

淡々としたアル中描写のおかしさと恐ろしさ

アルコール依存症の実態を描いた作品といえば、中島らもの『今夜、すべてのバーで』をはじめ、吾妻ひでおの『失踪日記2 アル中病棟』、鴨志田穣の『酔いがさめたら、うちに帰ろう』など、壮絶な名作ぞろい。

そのせいか、どこか芸術に身をささげたハードコアなろくでなしたちが奏でるブルースといった趣が強く、折り目正しくフツーに日常を過ごす私たちには無縁のもの、といったイメージが付きまといます。

著者のまんしゅうきつこ氏(撮影: スギゾー)

それに対して、『アル中ワンダーランド』のまんしゅう氏は、もともと一介の主婦ブロガー。ブログで人気に火がついたのをきっかけに、仕事と家事の両立に行き詰まり、お酒へとのめり込んでいくようになったといいます。その、誰でも足を踏み入れてしまいそうな、敷居の低さがかえって怖い!

本作では、アルコール依存症の代表的な離脱症状である幻聴、被害妄想、希死念慮などの体験が描かれていくのですが、これらのエピソードは、決まって「気が付くと朝……」と、著者が布団で目覚めるコマから始まります。つまり、お酒を飲んでいる間のできごとは記憶がないので、周囲からの伝聞としてしか描けないのです。

その、妙に人ごとで淡々とした描写がかえってリアル。エピソードの一つひとつはおかしいのに、じわじわとした不安と恐ろしさをかき立てられます。

誰もが「面白い人」を求められる

なにより読んでいて胸をかきむしられるのが、本作全体から漂ってくる「面白い人にならなくちゃ」というプレッシャーです。

漫画のネタが浮かばないとき、人とフレンドリーに話したいとき、イベントを盛り上げなきゃいけないとき……まんしゅう氏がお酒に走るのは、決まって人から"おもしろさ"を求められたときなのです。

俗に、依存症は根が生真面目で完璧主義の人ほどなりやすいと言われています。まんしゅう氏も、コミュニケーションスキルのハードルを自分で勝手に上げすぎてしまい、そのハードルを乗り越えるためのツールとして、お酒を"ドーピング"に使うようになったと説明しています。

コラムに書かれた「誰か、私を『面白い』から解放してください」という著者の心の叫びは、何かを創作する立場の人間にとって、涙なくして読めないのではないでしょうか。

いや、現代では、作家だけでなくその辺の一般人までもが、「面白い人」「楽しい人」「変な人」として、自分の身の上をネタとして提供することを求められます。

Twitterで本作の感想を検索してみると、尋常じゃない数の人が、「私もお酒を飲まないと人前で楽しく振る舞えない、だから飲んじゃう」と著者に共感しているという事実に気付かされるでしょう。

誰もが、「人前では面白い人でなければいけない」「コンテンツとして消費される価値がなくてはいけない」というプレッシャーを抱えて生きているようです。

私たちは、依存する快楽から逃れられない

また、巻末の対談では、まんしゅう氏が「アルコールならなんでもいい」という状態に陥り、最終的には化粧水用のエタノールをトマトジュースで割って飲んでいた、という衝撃のエピソードを明かします。

つまり、お酒の味そのものが好きなのではなく、アルコールによって得られる酩酊(めいてい)感や、それによってコンプレックスなどの「別の何か」を埋め合わせることができる快楽こそが、お酒に求めていたものだったわけです。

では、翻って私たちは、果たして本当に「自分は何にも依存していない」と自信を持って言えるでしょうか。考えてみてください。あと、気が付くとツムツムやるのやめてください。お願いだからこっち向いてください。え、ツムツムじゃなくて「ねこあつめ」? うるせえ、同じだよ!

お酒やタバコ、ギャンブルといったわかりやすいものだけに限りません。常に誰かに愛されていないと不安な恋愛依存、「忙しいから」を理由に家庭の問題から目をそらす仕事依存、ミッドライフ・クライシスに陥った中年男性が急に筋トレを始めるトレーニング依存、あと、わかんないけどツムツム依存……。

科学的な実証のほどはわかりませんが、食べるのが好きな人は、料理を楽しんでいるのではなく、「血糖値が上がってテンションがハイになった状態の中毒になっているだけなのでは」という説すらあります。

私たちは、自分が思っている以上に無自覚な領域に支配されているし、自分が正常だと思っている状態は、何かにすがりつくことによってやっと維持されているだけかもしれない。

正常と異常、日常と非日常、正気と狂気……その境目は思ったよりもグラグラであるということを、本作は教えてくれるのです。

著者プロフィール: 福田フクスケ

編集者・フリーライター。『GetNavi』(学研)でテレビ評論の連載を持つかたわら、『週刊SPA!』(扶桑社)の記事ライター、松尾スズキ著『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)の編集など、地に足の着かない活動をあたふたと展開。福田フクスケのnoteにて、ドラマレビューや、恋愛・ジェンダーについてのコラムを更新中です。