MECE、ネットワーク外部性、デューデリジェンス、ROE……これらはいずれもビジネスの現場ではよく使われる言葉であるが、はっきり言ってあまりとっつきやすいものではない。特に、大学を出て就職したばかりの新人ビジネスパーソンにとって、この手のビジネス用語は完全に異国の言葉に聞こえるだろう。

ビジネス用語は慣れてしまえば割と便利な部分もあるのだが、その慣れるまでが結構たいへんである。ビジネス用語集の類はたくさん発売されているし、ネットで検索することもできるので、ビジネス用語の意味を調べること自体はそんなに難しくはない。ただ、多くの場合、説明が小難しくてわかりづらい。親切なビジネス用語辞典の場合は言葉の定義だけでなく事例なども載っているのだが、自分と関係がない業界の話を読んでもピンとはこないし、お堅い話ばかり読んでいるとどうしても退屈で眠くなってしまう。

今回紹介する『モテるビジネス用語』(小石マヤ/イースト・プレス/2014年12月/1,200円+税)は、そんな従来型のビジネス用語集の欠点を克服している。本書は仕事でよく使うビジネス用語を100語ピックアップして紹介しているが、特徴的なのはすべてを「恋愛」にからめて説明しているところだ。まったくなじみのない他業界のケーススタディを眠くなるのを我慢しながら読むのと違って、恋愛という身近な切り口でビジネス用語を咀嚼することができるので、学習効率は従来型の書籍よりもはるかに高くなる。職場に吹き荒れるビジネス用語の嵐に翻弄されているビジネスパーソンはぜひ手にとってみてほしい。

ビジネス用語は仕事より恋愛にたとえたほうが実はわかりやすい

小石マヤ『モテるビジネス用語』(イースト・プレス/2014年12月/1,200円+税)

もしかしたら、ビジネス用語を仕事ではなく恋愛で説明することを邪道だと感じてしまう人がいるかもしれない。しかし、そうやって本書を切り捨ててしまうのはもったいない。実際のところ、ビジネス用語は仕事よりも恋愛にたとえたほうがずっとわかりやすい。

何かの概念を実感を伴う形で理解するためには、身近な経験とひもづけることがどうしても必要だ。会社に入りたての新人ビジネスパーソンに、仕事に関するケーススタディを使ってビジネス用語を解説しても、彼らにはそもそもの業務経験がないのだから実感がわかないのは当然である。一方で、恋愛のたとえ話は(そういう経験を実際にしたかどうかは別として)業務経験を積んでいない人にとっても実感がわきやすい。

たとえば、本書の7章ではPPM・在庫管理に関するビジネス用語が解説されているが、ここで使われている例は架空の商品の生産工程などではなく、恋愛における複数交際である。ここでは在庫=交際相手にたとえられ、複数交際における最適なリソース配分をするためにPPMが使用される。現実に恋愛において複数交際をしたことがある人はあまり多くないかもしれないが、そういった状況を想像することは架空の商品の生産工程などを思い浮かべるのに比べてずっと簡単だし、インパクトもある。中にはかなり苦しいたとえ話もあるのだが、その苦しさが逆に面白さの源泉になっており、記憶にも定着しやすい。

「玉の輿結婚」を題材にファイナンスの基礎を理解する

個人的に一番面白く読むことができたのは、「玉の輿結婚」を題材にしてファイナンス用語を解説していた5章である。本章では玉の輿結婚を企業におけるM&Aと同じものと考えて、ファイナンス理論を結婚候補である男性に対して適用する。候補者のバリュエーションを通じて「純資産法」「DCF法」「類似会社比準法」などのM&Aにおける企業価値評価方法を学び、同時に「PER」「PBR」「ROE」といった株式投資における投資価値の判断方法も学ぶことができる。

これらの用語は、ファイナンスの入門書を読めばもっと正確な定義を知ることができるが、その概念の根底にある「考え方」は玉の輿結婚の場合も企業のM&Aの場合も基本的には同じである。玉の輿結婚を狙う場合、必要なのは感情に流されない合理的な判断だ。そういう意味で、玉の輿結婚とM&Aはとてもよく似ている。本章は分量としては大体20ページ弱ぐらいであるので、すぐに読み切ることができる。このぐらいのページ数でファイナンスの「考え方」を学べるというのは実はすごい。

新人ビジネスパーソン以外にもおすすめ

本書をはじめの一歩にして、必要に応じてさらに勉強するという形で進めていけば、職場でビジネス用語がわからなくて困るということはきっとなくなるだろう。もっとも、本書はビジネス用語はわかっているという人にもおすすめしたい。用語の元の使われ方を理解していると、たとえ話の面白さが増すからだ。つまり、本書はいろいろな読み方ができる楽しい一冊だと言える。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。