時計と宝飾の世界的祭典「BASEL WORLD 2014」を舞台に、衝撃的に発表されたカシオのG-SHOCKコンセプトモデル「GPW-1000」。GPSと電波時計の相互補完機能を持つ、世界初のGPSハイブリッド電波時計のG-SHOCKだ。そのキーデバイスとなるGPS LSIチップは、ソニーとカシオの強力タッグが実現したものだった。そのテクノロジーに迫る!

2つの受信モードが低電力のカギ

左から、ソニーの干台氏、カシオの尾下氏、松江氏

「GPW-1000に使用しているGPS LSIチップは、スマートフォンなどのモバイル機器向けにソニーさんが開発した製品をベースに、カシオからのカスタマイズ要望を実装していただいたものです。カスタマイズをお願いしたのは、時計に搭載するための徹底した低消費電力化ですね」

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部の尾下佑樹氏はそう語る。ソニー製の当該GPS LSIチップはそもそも低消費電力性能に優れているが、時計に搭載することを考えると、さらなる低消費電力化が必須だったという。

GPW-1000は、地球上のどのタイムゾーンにいても、(屋外であれば)現在地を計測できる。短時間で時刻を取得できるGPSの利点と、消費電力が小さくて済む電波時計の利点を併せ持つ。言い換えれば、GPSの消費電力と、電波時計の対応地域および受信時間という不得手な部分を相互に補完できるのだ。

従来、カシオの電波時計で時刻を取得するには、まずユーザーがホーム都市を自分で設定する必要があった。が、当然ながら、各タイムゾーンは代表的な都市名しか記されていない。つまり、時刻を知りたい場所がどのタイムゾーンに属するかは自分で調べる必要があったのだ。しかし、GPSなら現在地を衛星情報から計測できるため、ユーザーはただ取得ボタンを一押しすればいい。

赤い破線で囲まれた部分が今回採用されたGPS LSIチップ「SONY CXD5600GF」と、GPSアンテナ

GPW-1000のGPS LSIチップは、ユーザーによって取得ボタンが押されると、まず現在地と時刻の情報を取得。すると、標準電波の対応地域内か外かを判断できる。その後は自動的に、標準電波の対応地域であれば標準電波を優先して時刻を取得しにいき、標準電波の対応地域外であればGPSで時刻を取得する。その際のGPS受信では、タイムゾーンの受信は行われない。

この「タイムゾーン受信」と「時刻受信」という、2つの受信モードを持つことが低消費電力化のために非常に重要だったと、カシオの尾下氏はいう。GPS衛星から送られてくる信号には、衛星軌道情報や時刻情報が含まれているが、時刻取得に必要なGPS信号データ量は、タイムゾーン取得に必要なデータ量よりも圧倒的に少ないからだ。

受信が短時間で行えれば、GPS LSIチップの電源をそれだけ早くカットできる。受信チャンネルも少なくて済む。GPSで現在位置情報を得るには4チャンネルが必要だが(4つのGPS衛星を捕捉する必要がある)、時刻受信のみであれば1チャンネル(ひとつのGPS衛星だけ)捕捉すればいい。これも消費電力に関係する。

カシオがソニーに依頼したカスタマイズの内容

取得すべきGPS情報を絞り込み、受信時間と消費電力を抑えている

「大量のデータを処理する必要がないので、ソニーさんにはGPS LSIチップの動作を時計用に最適化していただきました。また、このGPS LSIはフラッシュメモリを持っていて、地図情報をそこに格納しているのですが、このフラッシュメモリの動作も最適化しています」(尾下氏)。

電池の違い=文化の違い?

なるほど、と思わず膝を打つアイディアだ。ちなみに、フラッシュメモリ内の地図は約2,600メガピクセルの世界地図で、1ピクセル(500m四方に相当する)ごとにタイムゾーン情報、サマータイム情報、電波対応地域かどうかの3つの情報が格納されているという。

この地図とGPSで割り出した現在位置情報を照合して、現在地に関する情報を取得、時計の設定に適用するのだ。2,600メガピクセル×3項目もの情報に対して検索をかけると、そこに電力を消費しそうだが、海上に当たるピクセルデータへのアクセスを効率化するといった工夫をしているという(例えば、船を除いて、完全な海の上に人間がいることはまずないので、そうした場所のピクセルデータは検索を簡略化するなど)。

標準電波に対応したG-SHOCKのマニュアルより、タイムゾーンのマッピングイメージ(今回のGPS LSIチップに格納されたものではない)

GPS LSIチップのカスタマイズを担当した、ソニーのデバイスソリューション事業本部 干台岳氏は次のように語る。

「今回、カシオさんとお仕事させていただいて『ここまでやるのか』と、とても勉強になりました。ソニーの中にももちろん低消費電力の意識はありますが、その意識が一桁も二桁も違うといいますか…。

また、今回のGPS LSIチップは主にスマートフォンなどのモバイルデバイスへの搭載を想定しており、こうしたデバイスのリチウムイオン電池と比べて、カシオさんの時計ではそれよりも小さなボタン電池が多いですよね。電源が違うと特性も変わりますので、電源に合わせたカスタマイズも苦労したところです。

プロジェクトスタート当初は文化の違い(笑)を感じましたが、無事、時計に組み込むところまでこぎ着けることができて安心しています」

カスタムGPS LSIチップを搭載したモジュールの実物

カシオの研究開発センター 第二開発部の松江氏も言う。

「ソニーさんには難しいお願いをしたと思います。でも、GPW-1000が求めた仕様は、他のどんなGPS LSIチップでもできるものではなく、ソニーさんのこのチップだからこそ可能だったんです」

今回のプロジェクトは、ソニーとカシオ、双方の現場が緊密にコミュニケーションして、課題と意識を共有しながらお互いの情報を開示し、ともに壁を乗り越えながらゴールを目指すことができたという。部署が違うとはいえ、外から見れば、デジタルカメラなど競合製品を扱う企業同士である。そうそうできることではあるまい。

ソニー製のGPS LSIチップを採用した大きな理由の1つとして、「(LSI内部の)各電源ブロックの制御を柔軟に行える」ことを松江氏は挙げているが、両社の現場スタッフや上司の方々、発想、ひいては企業風土もまた、柔軟だったといえそうだ。

「カシオさんには、ソニーのGPS LSIチップの新たな可能性を引き出していただけたと思います」と語るソニースタッフ。そして「ソニーさんのチップのおかげで、今までにない機能と表現力が生まれた。ぜひ製品化を実現したいですね」と意気込むカシオスタッフの面々。その固いパートナーシップは、GPW-1000が持つ「GPS」と「電波時計」の両輪にも似たものと言えるのではないだろうか。そう強く感じた今回の取材だった。