一部で社会現象とまで言われるほどの盛り上がりを見せた「第2回将棋電王戦」、この人間VSコンピュータの勝負は、結果だけを見ればコンピュータ側の圧勝で幕を閉じた。この結果がはたして何を意味するのか、そして何をもたらしたのか、その考察は機会を改めることとして、ここではまずトッププロと最強モンスターマシンが激突した最終戦についてしっかりと振り返ってみたい。コンピュータの強さばかりが際立ったように見えた戦いだが、それは本当にトッププロに並ぶ、あるいはそれを超えるようなものなのだろうか。

「第2回将棋電王戦」は、日本将棋連盟に所属する現役プロ棋士5人と、第22回世界コンピュータ将棋選手権で上位に入った5つのソフトが、5対5の団体戦形式で戦う。持ち時間は各4時間、対局は3月23日~4月20日まで毎週土曜日に一局ずつ行われ、結果3勝した方が勝者となる。最終の第五局を迎えた時点での結果はプロ1勝、コンピュータ2勝、そして引き分けが1となっている。プロ側は勝ってようやく団体戦で引き分けに持ち込めるという追い込まれた状況で最終戦を迎えている。

第四局までの結果表

最終戦に相応しい戦い、トッププロVS東大モンスターマシン

最終局でプロの大将を務めるのは三浦弘行八段。

三浦弘行八段。斜め上を見上げて考えるのが定番のスタイル

将棋界には竜王戦と名人戦という特別なタイトルがあるが、三浦八段は、その挑戦者を決めるためのランキング戦と順位戦と呼ばれる戦いの両方で最上位のクラスに所属する棋士であり、トッププロと呼ばれる存在。トッププロの明確な定義はないが、160人余りの現役プロ棋士の中でも上位20人に入る存在と言えるだろう。その三浦八段が敗れれば、プロ棋士の牙城は本丸の一角を崩されたことになる。三浦八段はトッププロの威信を懸けた戦いに臨むのである。

対するコンピューター側の大将を務めるのは「GPS将棋」、開発者は東京大学のGPS開発チームである。

今回は開発者がチームのため、対局室内ではなく別室に「基地」が設けられた

GPS将棋は、2012年コンピュータ将棋選手権の優勝ソフト。GPSとは「Game Programming Seminar」の略称で、これは東京大学大学院総合文化研究科が開催するセミナーの名称でもある。日本の頭脳の最高峰と言えるメンバーが開発しているコンピュータ将棋ソフトがGPS将棋なのだ。さらにGPS将棋は、複数台のコンピュータで分散処理をするクラスタ技術を駆使しており、この日は東大の学生用コンピュータを中心に687台が接続されていた。そして、そのうち1台が司令塔の役割を果たす通信専用機で、3台はなんと詰み専門機、残りが通常の読みを行うとのことである。まさに、コンピュータ将棋の大将に相応しいモンスターマシンである。

定跡の戦いに挑んだGPS将棋。それは三浦八段がもっとも得意とする戦型だった。

図1(26手目△6四角)三浦八段は「矢倉」の定跡から角をぶつけて「脇システム」に進めた

注目された序盤は、定跡形の「矢倉」と呼ばれる戦いに進んだ。第四局と同じ戦型だが、図から▲4六角と角をぶつけたのが三浦八段の志向した作戦で、これは矢倉戦の中でも「脇システム」と呼ばれている戦法である。この戦法は戦いのバリエーションが少ないため、プロ間では終盤の勝ち負けがはっきりする局面まで研究が深められている戦型のひとつ。

研究が深められているとは言っても、もちろん全ての結論が出ているわけではないが、「ここまで進めば先手勝ち」のように結論が出ている局面は数多く存在する。さらに三浦八段は、プロ間でも有数の研究家として知られており、その中でも「脇システム」の研究ではプロの最先端を走る第一人者なのだ。いかにモンスターマシンといえども、この戦型でトッププロを相手にするのは分が悪い。控室の将棋関係の報道陣の間では「この戦型で三浦八段が負けるわけがない」と、早くも必勝ムードになったほどである。

午前中、控え室には谷川浩司九段(将棋連盟会長)と塚田泰明九段が訪れた

一方で、将棋の奥深さを知り尽くしているプロ棋士たちはさすがに慎重で、この段階で楽観する者はいなかった。それでも「この戦型の第一人者である三浦八段ならば、序中盤は有利に戦えるだろう」と見ており、実際もその予想通りに進んだと思われたのが次の局面である。……続きを読む