序盤の力を見せたGPS将棋。しかし、局面は三浦八段に絶好の展開へ
図は38手目の局面だが、ここに至るまでに興味深い進行があった。まず、この日のGPS将棋は35手目まで定跡データを参照して指し手を進めるようにプログラムされていたらしい。ところが、プロ棋士の実戦例(過去に指された対局)を収録したデータベースで調べると、32手目にGPS将棋が指したところで、実戦例がない局面になり、さらに面白いことに、図の38手目で再びプロの実戦例のある形に合流していたのである。
その理由としてひとつ考えられるのは、GPS将棋の定跡データベースにプロの実戦例以外の、例えばアマチュア同士の実戦例も収録されていたのではないか、ということがある。定跡データに複数の指し手がある場合、どれを選ぶかはランダムに決めているそうなので、たまたまプロの実戦例以外のデータが使用されたが、35手目を過ぎて定跡データの使用をやめてからGPS将棋が自力でプロの実戦例がある形に引き戻したのかもしれない。そう考えるとGPS将棋の序盤力は、相当のレベルに達していることになるのだが、その自力でたどりついた局面は、人間側が待ち望む局面だったのである。
図の局面から三浦八段は▲6八角と指したのだが、その局面のプロの実戦例は3局しかない。そして結果は全て先手(本局で言うと三浦八段側)が勝っているのだ。しかもそのうちの2局は、三浦八段が先手を持って指したものなのである。
プロの中でも三浦八段だけが奥義を知り尽くしているような戦型に進んだわけで、人間側にとっては絶好の展開と言えよう。果たしてGPS将棋はこの難局を乗り切れるのだろうか。
GPSが見せた超攻撃的な新手は「細い攻め」だった。プロの評価は先手良し
角を引いた先手に対してGPS将棋は△7五歩とすぐに歩をぶつけたが、これは過去の戦いでも見られた手で自然な流れである。しかし、▲7五同歩と応じた先手に対して△8四銀と出たのは、プロの過去の戦いでは見られない新しい手だった。
ニコ生の解説を担当した屋敷九段は△8四銀を見て、
「これは……超攻撃的な手ですね」
と驚きながら語っている。
さらに控室では、
「△8四銀は見たことがない」
「ひと目違和感がありますね」
「▲7四歩と突かれたらどうするんでしょう」
と驚きの声があがっていた。
では、プロに違和感を感じさせた△8四銀について、もう少し詳しく探ってみたい。
プロの実戦例では、図の△8四銀と出るところで△7五同角という手が指されている。これは1歩を持ち駒にすると同時に、先手の陣形を乱しておいて、将来反撃の糸口にしようという手だ。含みが多い展開で、人間好みの展開と言えよう。それに対して、GPSの指した△8四銀という手は、そのまま一気に攻め続けてしまおうという手で、この段階ではかなり大胆な手と言える。なぜ大胆なのかと言うと、プロの感覚ではGPSの目指した展開は「攻めが細い」のである。
「攻めが細い」という感覚について補足すると、子どもの頃にやった雪合戦を思い出して欲しい。戦いが始まってからしばらくは、前進せずに雪玉をたくさんこしらえるのが定番の作戦であり、雪玉をたくさん作ってから前進すれば、次から次に投げ続けて敵を圧倒することができる。一方で十分な雪玉をこしらえずに前進すると、すぐに雪玉が尽きてしまい敵の反撃を受けて撤退することになりやすい。これが「攻めが細い」と言われる状態である。
さて、将棋の攻め駒は、一般的に飛角銀桂香の5枚と言われており、そのうち少なくとも4枚は攻めに使いたいのだが、図の局面で後手の攻め駒は飛角銀の3枚だけ。いかにも雪玉不足の状態。控室のプロも△8四銀について、明らかな悪手ではないものの、総じて否定的な見解を示していた。そしてボンクラーズ(今回の「電王戦」で参考評価を表示するために使われているコンピュータ将棋ソフト)の評価値も、人間側の+121となっている。
ここから少し進んで昼食休憩に入ったのだが、控室では先手良しを断言するプロも出始めていた。人間側にとっては、まさに理想的な展開だったのだが……。……続きを読む