図の▲6七金は「難しい手ですが玉の上部の厚みを重視した手」と解説した屋敷九段。つまり三浦八段は相手の玉を攻めるのではなく、相手の攻めに対して手厚い受けで対抗し、攻撃陣を撃退して勝つ方針に狙いを絞ったのである。
この「受けて勝つ」というのは少し分かりにくいかもしれない。トランプの「7ならべ」という遊びに例えると「どんどんカードを出して、相手よりも先にあがる」というのが攻め合いの将棋だ。それに対して「要所のカードを止めて、相手に3回パスさせて勝つ」という戦略が「受けて勝つ」という戦略に近い。ただし、カードを止める戦略はうまく行けば圧勝できるが、相手とのパス合戦に負けてしまうといきなり勝ち目が薄くなる。将棋も同じで、相手の攻撃陣を押さえ込んで撃退する作戦は、その網が破られると一瞬にして作戦が崩壊してしまう。「圧勝」か「完敗」か、三浦八段は勝負に出たと言えるだろう。
さて、図の▲6七金を指したところで、ボンクラーズの評価は人間側の-267を示した。午前中は互角かやや人間側有利で推移していたので、それが逆転してしまったわけだが、これは控室にプロも予想していた評価だった。コンピュータは玉の囲いの堅さを重視して評価する傾向があるため、囲いを崩して上部に盛り上がる手は悪手と判断しやすいのだ。従ってマイナス評価が出ても控室のプロに慌てた様子はなかった。しかし、GPS将棋はプロの予想を超える手を見せる。
三浦八段の鉄壁のスクラムに対して、GPS将棋がプロを困惑させる手を繰り出す
図5の△8四金がプロの予想を超える指し回しの序章だった。直接的には7四歩を取りに行った手なのだが、そのためだけに貴重な持ち駒の金を自陣に手放すというのは、人間の感覚的にはなかなか指しにくい手なのだ。そのため控室の検討では△8四金に対してやや否定的な見解であった。ただし、ニコ生解説の屋敷九段は、この手を見てすぐに好手と判断し「先手やや苦戦」と評している。
さて、図から少し進んで先手は7四の歩を取り返されたものの、その代わりに金銀のスクラムを組んでじわりじわりと前進させた。これは当初の構想に沿った展開であり、後手の攻め駒を撃退できる寸前のところまでたどり着いている。「このまま押して行けば三浦八段が圧勝か」控室にそんな空気が漂い始めた矢先に、GPS将棋がプロを困惑させる手を繰り出したのが次の図である。
図6の△7四歩がプロを困惑させた手だ。
「なんですかこの手は?」
「狙いがちょっと分からない」
「これで手になるとは思えないけど……」
と控室では声があがっていた。
ニコ生解説の屋敷九段も、
「△7四歩はどういう手なのか分からないですね」
と語っている。
補足すると、プロは文字通り△7四歩の意味がまったく分からなかったというわけではない。ニコ生解説の屋敷九段も「分からない」とは言いつつも、その後の▲同歩に△6四歩という展開を予想していたのだ。プロ棋士が困惑したのは、その後の展開を考えての話で△7四歩から△6四歩という手で攻めが続くとは思えなかったからである。ところが、GPS将棋はここから驚きの構想で攻めを続けたのだ。……続きを読む