米News Corporation (News Corp.)が米Appleとの共同で始めたiPad向け日刊紙「The Daily」。創刊から1年半を経て、スタッフの3割を解雇するという大リストラが実施されたことが話題になっている。年間3,000万ドルの赤字を出す現状から収益化実現のための苦肉の策だが、一方でオンライン購読で成功しているWall Street Journalなどの系列紙ではマイクロペイメントを活用したさらなる課金システムを模索するなど、オンラインでの事業化に向けて着実に歩みつつある。

創刊から1年半でThe Dailyは従業員の3分の1をリストラへ

The Daily

The Dailyでのリストラに関する話題は、All Things DigitalでPeter Kafka氏が7月31日(米国時間)に報じている。もともとはpaidContentが7月中旬に「The Dailyに何らかの手が入る」との予測を行ったもので、それが実際に発表された形だ。The Dailyの芳しくない状況はこれまでにも何度か伝えられており、事業撤退の噂がつきまとっていた。それに反論する形で同紙編集長のJesse Angelo氏がスタッフへのメモ書きの中で「98%の更新率と10万以上の有料購読者の存在」を強調している。iPad専用日刊紙としてスタートしたThe Dailyはその仕組み上、定期購読の解約が容易であり、100%に近い契約更新率は実はかなり高い水準だといえる。現在はAndroid版も登場し、ターゲットをタブレット全般にまで広げている。

だがNews Corp. CEOのRupert Murdoch氏は、The Dailyが採算ラインに到達するには50万購読が最低ラインとしており、この水準には遠く及ばない。paidContentによれば、The Dailyの年間赤字額は3,000万ドルで、早期の収益化を実現したいNews Corp.としては我慢できない成績だったようだ。とはいえ、紙よりもタブレットやWebといったデジタルデバイスに未来を見出すMurdoch氏は、事業撤退ではなく縮小した形での事業継続を目指す方針を選んだようだ。

このリストラの具体的な内容はというと、まず170人いるスタッフのうちの29%にあたる50人を解雇し、紙面も購読トラフィックの少ないスポーツとオピニオンを大幅に削減する。スポーツについては好評だった写真ギャラリーやカスタマイズ可能なチームの成績ページについてはそのまま残し、残りのニュースはFox Newsなどの系列媒体からコンテンツ提供を受けるという。またタブレットの縦置きと横置き(ランドスケープ)でレイアウトが変化するのもThe Dailyの特徴だが、動画再生以外で利用度の低かった横置きモードは廃止し、縦置きレイアウトのみの対応として作業負担を減らしていくという。基本的には過去のトラフィックや利用傾向分析から利用度の低いコンテンツや機能を削り、より利用度の高いThe Daily特有のコンテンツや作業に注力していくという方針だ。こうした施策により、早期の黒字化を目指すとみられる。

オンライン+新デバイス戦略で成功を収めつつある媒体も

The Wall Street Journal

タブレット専門紙というジャンルはいまだ手探りだが、同じNews Corp.系列のWall Street Journalはオンライン課金のビジネスで比較的成功していることが知られている。紙面版の購読者と人数が重複しているが、同紙のオンライン版購読者数は110万人程度といわれており、全国紙の少ない米国ではかなりの購読者数といえる(最大手のUSA Todayで200万人前後といわれる)。このWall Street Journalについて、記事単位での課金やプレミアムコンテンツの提供など、通常のサブスクリプションに加えてマイクロペイメントを活用した仕組みを導入することでさらに収益を増やす計画を立てていると、英Financial Timesが5月に報じている

Wall Street Journalは通常のWeb版に加え、iPadやiPhoneといったデバイスからのコンテンツ閲覧にデバイス課金を行うビジネスモデルを導入するなど、細かい課金設定に熱心なメディアとして知られている。Murdoch氏は系列のAustralian紙からのインタビューで、iPadなどのタブレットデバイスの普及速度は当初の予測をいい意味で裏切る水準で進んでおり、新たなオンラインビジネスモデルの確立に十分な域に達しつつあると評している。また、成功例であるWall Street Journalを中核にオンラインコンテンツ事業の刷新を図る計画であるとも語っており、Webのみならずスマートフォンやタブレットを交えたデバイス戦略で、従来の広告を交えた記事の無料公開ビジネスモデルに頼らず、オンライン事業での収益化を目指しているようだ。

オンラインコンテンツの有料化で収益化を目指す老舗としては米New York Timesが知られているが、こちらもWSJ同様に課金ユーザーが増えつつあり、苦境の続く米メディア企業の中では成功例の1つといえるかもしれない。このほか、最近話題になったものの1つに、老舗週刊誌の米Newsweekが紙からオンラインへの完全移行を計画しているという話がある。ただこの件については、親会社であるIACが否定のコメントを出し、将来的な計画こそあるもののすぐに全面オンライン化を実施するわけではないと釈明をしている。

NYTimesfor iPad

Newsweek for iPad

Wall Street JournalやNew York Timesのように段階的な課金モデルで成功しつつある媒体がある一方で、The Dailyのように従来の制作体制をそのままタブレット+オンラインの世界に持ち込んで収益化に苦労する例もあるなど、将来的に「紙からオンラインへ」という流れがあることは皆が把握しつつも、多くの媒体はそれを実現できずにいる。おそらくはNewsweekもその1つで、従来の紙の雑誌のスタイルからThe Dailyなどが挑んでいる新デバイスやオンラインの世界では、成功のために踏まなければいけないステップがいくつも存在することだろう。