ソーシャルメディアの「幻想」と「現実」

前回に引き続き、『ウェブで儲ける人と損する人の法則』の著者である中川淳一郎氏のインタビューをお届けする。今回は、個人のウェブ、ソーシャルメディアの利用に対し、中川氏が感じている違和感や考えを聞いた。

中川淳一郎氏。1973年生まれ。一橋大学商学部卒業後、博報堂での企業PR業務、フリーランスの雑誌編集を経て、2006年からは複数のニュースサイトの編集に携わっている。また、企業のネットプロモーションも請け負う

──ここまでは主に企業のウェブ施策、といった切り口からお話しをうかがいましたが、個人のウェブ利用についてはどうでしょう。TwitterやFacebookといったソーシャルメディアにも強い関心が寄せられています

中川 結論から入ってしまうと、「ソーシャルメディアなどネットツールを活用しても、自分の能力が増幅されたり、みんなから注目されたりするわけではない。ネットは決して平等で自由な空間でもなく、そこでの存在感は個人の資質や能力に左右される。だから、期待値を低く設定して、身の丈に合った使い方で楽しめばいい」と言うことに尽きるんですよね。要するに、現実世界と同じなんです。

個人的に、一貫して感じている違和感なのですが、たとえばソーシャルメディア、新しいツールや概念(ウェブ2.0とか)が出てくると、その技術や方法論を用いれば「人生バラ色」「世界が変わる」「みんなと繋がって人生が変わる」「夢がかなう」「商売大繁盛」みたいな御託を並べて礼賛するエヴァンジェリストたちが出てきて、煽るじゃないですか。それで、多くの一般的なネットユーザーや企業がどれほど惑わされてきたことか。ネットだろうとリアルだろうと同じで、まずは「人間」を理解すること。前回から言っているように、欲望に忠実な生き物である人間がネットを使う以上、実社会と同様に……というか実社会以上に表情が露骨になったりもする。妬み、嫉み、嘲り、中傷といった人間の下品な一面が増幅されることだってある。そういう部分には目を向けず、ただ「ソーシャルメディアって素晴らしい」みたいなことを称える向きには違和感を覚えます。

ネットのドロドロした部分、汚い部分って、実は嫌いじゃないんです。何だか、とても人間くさい気がして。現実社会でも同じでしょう。もちろん「だからもっと暴れろ」とは思わないし、相手を慮ったりする感情も絶対に必要。要は、そういう汚い部分もちゃんと見て、ネットを上手に使いこなせばいいのに、という思いが強いんですよね。あと、テクノロジーとして、ツールとしてはとてもよくできていて、便利。だけどそれを無闇に礼賛したりする層が胡散臭い……なんてケースが多いようにも感じています。

──ソーシャルメディアを活用したパーソナルブランディングなど、ネット上でのプレゼンスを上げたい、情報発信能力を高めたい、という志向もあるようですが

中川 ネット関連の話題がメディアに取り上げられたりした場合に、出てくる識者や専門家の顔ぶれが同じだな、と感じませんか。Twitterでいうと、たくさんのフォロワーがいて、発言が膨大にリツイートされたりするネット界の有名人がいますよね。現在、ネット論壇のようなものが形成されていて、そこで発言力のある人物たちの固定化が起こりつつあると言われています。

このようなネット界の有名人たちは、もちろん発言が秀逸だったり、情報発信する手間を惜しまなかったりと、自身の能力や取り組みが評価されたこともありますが、見逃せないのは「始めるのが早かった」「早い段階から積極的に発言を行っていた」からこその結果でもある、という点。要するに、先行者利益に浴しているわけです。

Twitterにしろブログにしろ、このような先行者利益でガチガチに地位を固めたネット論客に加えて、芸能人も参入していますから、そこに割って入ってネット上で存在感を高めたい、同じような発言力を持ちたい……というのは至難の業だと思いますよ。この手の有名人にはフォロワーがたくさんいますから、ある発言をディスる(批判する)ような人が出てきても、フォロワーが自主的にその人をディスり返してくれたりします。有名人からすれば気持ちいいでしょうね。フォロワーが自分のことを守って、チヤホヤしてくれるんですから。だから、有名人は結局、フォロワーにウケる発言をますますするようになるし、それで固定化がさらに強くなって……というサイクルが起こっているのが現状だと思います。つまり「ネットはみんなが平等の、夢のような万能ツール」ではないことをちゃんと理解しておくことが大事。パーソナルブランディングも否定しませんが、高望みすると、徒労感や失望感のほうが強くなるかもしれません。

余談ですが、以前Twitterで見かけて、すごく腑に落ちた指摘があるんです。「企業が採用時にネットで人名検索をかけるのは、悪い情報を探したいときだけ。良いことは面接時に本人がいくらでも喋るだろうから」みたいな指摘があって、なるほどな、と。パーソナルブランディングで"品行方正で有能な自分"アピールを頑張っても、期待するほどは採用サイドに響いてないかもしれませんね。