難しかった完成イメージの共有

職人による手仕事の色合いが濃いジュエリー・デザインの世界に、コンピューターが入ってきた。建築や工業製品の設計でおなじみのCADソフトを使って、ジュエリーの完成イメージを三次元の立体画像として表示する。東京・南青山にあるジュエリーのオーダー・リフォーム専門店では、すでに店頭にパソコンを置き、客が抱いたイメージをその場で立体的に組み立てて画面上で見せてくれるサービスが始まっているという。ジュエリー・デザインの最先端サービスとは、いったいどんなものなのか? アイデクト表参道店を訪ねた。

ジュエリー・デザインにCADによるサービスを取り入れたアイデクト表参道店

アイデクトは、ジュエリーのオーダーやリフォームを専門にしている。同店によれば、日本女性は一人平均12.1個のジュエリーを保有しており、日本全体では約8億個にも上るという(矢野経済研究所調べ 2007)。だがその42%(トレンダーズ調べ)は、デザインが古くなった、趣味が変わったなどの理由で、使われぬまま眠っているそうだ。アイデクトでは、そんなジュエリーをデザインし直して、今のライフスタイルや嗜好に合ったデザインに作り変えてくれる。

表参道にふさわしいおしゃれな店内。工房も併設されている

たとえば、祖母の形見のゴージャスなリングがあるとする。いい品だが、デザインが普段使いには向かない。そんな時、リングのアーム部分をカットして、好みのパーツを組み合わせてペンダントトップに仕立て直す。元のデザインを生かして祖母の思い出を残しつつ、新しいアイテムに作り変える。これが「リメイク」だ。一方、リングからルース(裸石)を取り外し、新しいデザインに生まれ変わらせるのが「セミオーダー」である。元がリングでも、リング、ネックレス、ピンブローチと、好きなものに作り変えることができる。不要になった枠(地金)は下取りしてくれる。思い入れがある品だけに、客が抱くイメージをどう形にするか、店側が提案するデザインをどう具体的に客に見せるか、そのイメージの溝を埋めるのが、大きな課題だったという。

CADが客と店のイメージの溝を埋めた

ジュエリーのフルオーダーでは、デザイナーがジュエリーのイメージスケッチを描き上げる。それをもとに原寸大の製図が描かれて彩色される。この二次元のデザイン画が、職人にとっても客にとっても実物ができあがるまで唯一の共通イメージである。だが実際には、客がどんなジュエリーを欲しがっているのか、言葉や画で説明するのは難しい。店側もデザイン画だけではイメージしたデザインを正確に客に伝えるのに限界があった。そこで同店が採用したのが、フランスで開発された最新のジュエリー専門CADソフト「3DESIGN」だった。

ジュエリー専用のCADソフト「3DESIGN」の画面。直感的にデザインできる

さっそく店頭でCADソフトによるセミオーダーを体験させてもらった。古いダイヤを持ち込んで、リングを作ってもらうという設定だ。パソコンでCADソフトを起動すると、画面左右に部品などが表示され、中央にデザインしたジュエリーの画像が現れる。フルオーダーの場合は、デザイン画に基づいて3Dの立体イメージを作成し、それをベースに客と相談しながら変更を加えていく。セミオーダーでは、ソフトに入っている約1万種類のデザイン枠とルース(裸石)を組み合わせていく。今回は後者の方法でシミュレーションを進めた。

まずは画面で、デザイン枠を選ぶ。1万種類もあるから、イメージに合った枠がたいてい見つかる。これに石を載せ、持ち込んだ石のサイズに直して、色彩もダイヤの白に変える。すべてマウス操作ひとつでスムースに行なわれる。目の前で、瞬時に変化してデザインが表示されるので、とてもイメージしやすい。同店には、シニアや近辺に住む外国人客も多く訪れるが、CADソフトを採用してからは客と店側のイメージの溝が埋まり、たいへん好評だと言う。

アドバイザーは全員ジュエリーコーディネーターの検定資格を取得している

デザインがほぼでき上がったら、指にはめてみる。といっても、もちろん画面上でのことだ。指もさまざまなタイプが用意されている。肌の色、太い指、細い指。マニキュアの色もすぐ変えられるから、自分の指に近いイメージを作ってはめてみる。二次元のデザイン画と異なり、自由に動かして角度を変えて見られることも、CADの大きな特徴だ。指にはめた印象で、デザインの変更も即座にできる。もう少しリングを太めにしたいとか、素材をゴールドからプラチナに変更したいといったことも簡単だ。完成したデザインは、厚労省認定の「現代の名工」を中心に同社の職人たちが腕によりをかけて作りあげる。

徹底したヒアリングをデザインに生かす

CADソフトは、デザインを変えるたびに、値段も連動してその場で提示することができる。素材を変更したり、リングの幅や厚みを変更すれば、その度に値段はいくらになるかもわかる。これはありがたい。予算オーバーをしたくないときなど、材料の量を減らしたり、素材を代えたりして、値段を調整しながらデザインを決められる。代金が実に明瞭で分かりやすい。ジュエリーの価格は不明瞭との声も少なくないが、CADによるサービスが代金に対する不安を取り除いたと、同店はいう。

ブライダルで来店したカップルには、あまりジュエリーに興味を持たない男性もいるそうだ。だがCADを使ったサービスになると、俄然興味を持って一緒に楽しむ男性が多いという。自分でCADを操作したことがあるという男性客も少なくなく、このサービスは男性にも好評だという。ジュエリーといえば、どれにするか「選ぶ楽しみ」だったが、CADによって「作る楽しみ」に変わったと、同店はいう。ちょっとしたアイディアも即座に形になる。CADはジュエリーのショッピング・スタイルまで変えてしまうかも知れない。

CADを取り入れてから、ジュエリー・デザインに興味を持つ男性客が増えたという

CADは最先端のITサービスだが、デザイン・イメージを引き出し、それを形にまとめていくのは、あくまで人間だ。だから同店ではヒアリングに長い時間を割く。最低でも1時間、必要ならいくらでも時間を取るそうだ。客が持ち込んだジュエリーにどんな思いが込められているのか、どんな形を求めているのか。本人も気づかない潜在的な要望まで引き出すために、時には一見ジュエリーとは無関係と思えることまで聞いてデザインの参考にするという。便利なハイテクも、大切なのはやはり人間同士のコミュニケーションだとわかり、ちょっとうれしくなった。思い出や思いがたくさん詰まったジュエリーを生かせるだけでなく、自分のイメージを自由に形にできる。まるで個人工房を持ったような贅沢な気分が味わえそうだ。同店では今後も積極的にCADによるジュエリー・デザインを導入していくという。

アイデクト表参道店

住所 東京都港区南青山5-6-16
電話 03-5467-4168
営業時間 11:30~20:00
定休日 第3水曜日
交通 地下鉄表参道駅B1出口から徒歩1分