クラウド上のサービスは、WindowsやLinux、Androidなどと並ぶ、1つのプラットフォームといってもいいぐらいだ。筆者は、5年ほど前から仕事の8割をクラウド側で行っている。なぜ、筆者は、仕事をクラウドに移行したのか? 今回はその話をしよう。

  • 仕事はクラウドで

クラウドでどうやって仕事するのか

クラウドで仕事するメリットを説明する前に、そもそも、コンピューターで仕事するとはどういうことなのか確認しておこう。そもそもコンピューターで行う「仕事」とは成果として、なんらかの「ファイル」を作ることだ。テキストかもしれないし、WordやExcelのファイルかもしれない。どんなアプリを使うにせよ、仕事の成果として何らかのファイルを作成することは絶対条件だ。

筆者は、この記事のようなものを作成することを生業としている。こうした記事は、一般的に「文章」の1種であり、これを保存したものが文書ファイルだ。つまり筆者の仕事は、文書ファイルを作成することだ。

文章のその作り方には、大きく5つの段階がある。

  1. 資料の収集
  2. 資料の整理
  3. 文章の構想(アウトライン)
  4. 文章執筆
  5. 文章の整形/校正

これは、筆者の独断的な分類ではあるが、『アイディアの作り方』(ジェームス・W.ヤング,TBSブリタニカ,1988)という本を下敷きにしている。なので少しぐらいは正しいところがあるのじゃないのかと思っている。

このうち、仕事の成果となるコンピューターのファイル形式(あるいはアプリケーション)に依存するのは「5.」の部分のみで、その前段階は、原稿用紙に手書きできるような、ほぼ純粋なテキストなので、特定のファイル形式などに依存しない。テキストエディタでも、ワープロソフトでも、なんならWindowsのメモ帳でも問題ない。筆者は、この部分をクラウド化した。

クラウドのメリット

クラウドにして最も「ヨカッタ」と思うのは、特定のハードウェア、アプリケーション、作業場所に依存しないで仕事ができることだ。Webブラウザが使えて文字入力ができれば、どんなコンピューター、どんなOSの上でも仕事ができる。クラウドとは、ユーザーの使うプラットフォームを問わないプラットフォームというわけだ。

複数のデバイス間を渡り歩くこともできる。たとえば、デスクトップPCで作業をそのままにして別の部屋にあるPCやスマートフォン、タブレットを使って続きの作業をそのまま行える。アプリケーションとローカルファイルの組み合わせではこうはいかず、離席する前にファイルを保存しておく必要がある。

デスクトップPCで仕事している途中で、横にあるノートPCを開いて調べごとをする。PC関連の記事では、たとえばバッテリを搭載しているWindowsマシンでないと実行できない機能がある。こんなときでもデスクトップPCで開いたWebブラウザをそのままにして、ノートPCで同じサービスを使ってメモを追加していくことができる。

OneDriveなどのオンラインストレージを使えば良いのではないか? と思われる方もいるかもしれない。しかしファイルに情報を記録するという仕組みを使う限り、オンラインストレージもローカルファイルと同じような制約がある。オンラインストレージ上のファイルをそのまま編集できるローカルアプリケーションはそう多くない。多くの場合、オンラインストレージは「同期」という仕組みを使ってローカルファイルとオンラインストレージ側を一致させる。これには、双方で「変更されたファイル」を探す処理とそのための時間が必要になり、変更されたファイルがすべて同期対象になってしまう。

あるいは外出する前に同期するのを忘れてしまったら、外出先でインターネット接続しないと同期することはできない。運良くLTEモデムを内蔵したPCを持っていたとしても同期処理には大量の通信が必要だ。なのでWindowsは、「従量課金接続」では、OneDriveの同期を制限している。ストレージサービスのWebページからダウンロードする方法もあるが、編集後に適切な場所に書き戻さないと別ファイルのままで、元のファイルはそのままだ。クラウドでの利用に慣れてしまうとファイルの管理は面倒の一言でしかない。

クラウドサービスではLTEモデムのように外出先でインターネット接続できるハードウェアは必要だが、どこでも最後の編集が反映された情報が手に入る。筆者は、クラウドで仕事を始めて以来、LTEモデムなどを内蔵していることをPC購入の条件の1つにしている。モバイル通信機能は、ファイルの管理に悩まされないための「ハードウェア」であり、クラウドサービスのデータにアクセスできる仮想的な「ストレージデバイス」だと考えれば、LTEモデムやMVNOの通信契約はそれほど高価な出費には思えなくなったからだ。

どんなクラウドサービスを使っているのか?

筆者は、原稿執筆の資料の収集から執筆までの作業は、Scrapboxというサービスを使っている(写真02)。なぜ、これを選んだのかというと、情報の集積から編集までをカバーできるからだ。Scrapboxでは、タイトルがついたページを作るのが基本だ(写真03)。ページを開けば、そのまま入力ができる。ページ中、角括弧“[”~“]”でくくったところはすべて別ページへのリンクになる。角括弧の中には、他のページのタイトルを入れるだけだ。しかも必ずしも存在するページのタイトルを入れる必要はなく、まだ作成していないページのタイトルでもかまわない。リンクをクリックすれば、ページが開く、存在していなければそのタイトルでページが作られる。

  • 写真02: Scrapboxは、https://scrapbox.io/ からアクセス可能。自分のホームページには、作成したページのサムネイルが並ぶ。名前順、作成順、更新順などで並べ替えが可能で、特定のページを先頭部分にピン留め(右上が折れているページ)することもできる

  • 写真03: Scrapboxの基本はページ。タイトルを付けるのが最低ルールでページ内は常に編集状態になっている。他のページのタイトルを角括弧で囲めば自動的にリンクになる。あるいは行頭に“#”を置いてもよい。ページの下にはリンクされたページのサムネイルと同じリンクを持つ他のページのサムネイルが表示されて関連情報に簡単にアクセスできる

資料の収集は、Webページのリンクが入ったScrapboxページを作ることで行う。Scrapboxではそのためのブックマークレット(URLの代わりにJavascriptが入ったブックマーク。ブラウザーのブックマークバーなどに登録しておくと、1クリックで動作する)を使う。これで見ているページのリンクが入ったページができる。

こうして資料を集め、これらを整理したページを作る。Scrapboxでは、ページの下にページ内のリンク先ページや同じリンクを持つページのサムネイルが表示されるので簡単に関連情報にアクセスできる。リンクは同種の情報を持つことを示すための「タグ」にもなる。だからリンク先のページを作らなくてもいい。

ページはWebブラウザ内で動くテキストエディタであり、記号文字で囲むことで太字や打ち消し線といったちょっとした装飾をつけることも可能だ。また、画像も入れることができるし、表組みも作成可能だ(写真04)。

  • 写真04: ページ内では、行頭でのタブキー(スペースキー)でインデントが可能。Alt+上下カーソルキーで自分よりインデントの深い部分をまとめて移動させることができる。その他、文字装飾、表組み、画像の挿入などが可能

行頭でのタブキーやCtrl+左右キーでインデントが行え、上下関係を簡単に作成できる。Ctrl+上下キーで行単位、Alt+上下キーでブロック単位での移動が簡単に行える。これでアウトライン作成が容易になる。

整理した資料で執筆記事のアウトラインを作り、それを元に執筆する。筆者の経験でいうとしっかりしたアウトラインができたら、執筆は比較的簡単だ。アウトラインを作るところが作業の山場である。最後に作成した文章をローカルアプリケーションに貼り付けて原稿としての体裁を整え、図版などを用意すれば記事の完成だ。

仕事をクラウドにしてから、筆者の仕事の効率は俄然上がった。具体的には資料収集整理の時間が短くなり、構想、執筆段階で集めた資料を探す必要がなくなった。具体的なScrapboxの使い方などについてはこの連載で、おいおい解説していきたいと考えている。

PCやスマホ、タブレット、2in1などのフォームファクター、Windows、Android、LinuxやChromeOSといったさまざまなプラットフォーム、そしてローカルアプリケーション、クラウドサービスといったさまざまな実現方法などが普及した現在、複数のプラットフォームを駆使して仕事する、そんな「ハイブリッド」な使い方がこれからの主流ではないのかと筆者は考えている。「窓辺の小石」とは、普段、皆さんが使っているWindows PCとさまざまなものを併用するイメージとSF小説「宇宙の小石」(アイザック・アシモフ。ハヤカワ文庫,1984。)をネタに命名してみた。「小石」の意味はネタバレになってしまうので説明できない。アシモフの本を読んでいたければ幸いである。