パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOは、現在のパナソニックグループの状況を「危機的状況にある」と表現する。

2024年度を最終年度とする中期戦略の見通しは、目標とした3つの経営指標のうち、2つが未達という状況。合同インタビューに応じた楠見グループCEOは、「根本的な課題は、グループ内の危機感のなさである。一人ひとりが経営者という意識が浸透していない点が問題であり、2024年度は、グループ内に危機感を醸成していく必要がある」などと厳しい口調で語った。

  • パナソニック ホールディングス グループCEOの楠見雄規氏

    パナソニック ホールディングス グループCEOの楠見雄規氏

パナソニックグループが掲げた中期戦略では、2022年度から2024年度までの3年間の累積営業キャッシュフローで2兆円、同じく累積営業利益で1兆5000億円、ROEでは10%以上を経営指標として掲げた。

だが、2024年度の業績見通しによると、累積営業キャッシュフローは達成するが、累積営業利益とROEは未達が見込まれている。

この状況を楠見グループCEOは、「危機的状況」と表現。強い危機感を募らせた。

  • 2024年度を最終年度とする中期戦略の見通しで、目標とした3つの経営指標のうち、2つが未達という状況。依然として、株価を純資産で割ったPBRが1倍割れのままという状況も、同社がまだ「期待に応えられていない」ことを示唆している

各事業において想定した収益力がついていないこと、とくに、車載電池、空質空調、SCMソフトウェアの3つの成長領域において結果を出せていないこと、PBR1倍割れの状況が続いていることなど、危機的状況と表現する要因を複数あげる。

もともと2023年度は、パナソニックグループにとって、成長フェーズに向けたギアチェンジの1年としていた。

2022年度までの2年間を。競争力強化の時期と位置づけ、事業会社主導での構造改革に取り組んだ成果をもとに、2023年度はギアチェンジを図り、成長戦略の実行に向けて、持ち株会社であるパナソニックホールディングスが主導権を握り、構造改革を推進するというシナリオを描いていた。

「ギアチェンジするものに対してはギアチェンジができた。競争力を高めてきた事業は、その競争力を使い、成長に舵を切っている。だが、舵を切れていない事業もある。違うギアを用意して、二輪駆動で走っていたものを、四輪駆動で走らせ、トルクを等分にかけて、財務バランスを利かせるものもある。バックギアに入れたわけではない」と比喩する。

楠見グループCEOは、これまでの3年間の取り組みによって、構造的に見て、他社の劣後にある事業は減っていると語る。だが、競合に比べて、利益確保の面などで劣っている事業が残っていることも明かす。

「競合に対してシェアで勝っていても、利益で負けていたら、それはお客様に正しく価値が理解されず、受け入れられていないということであり、いずれシェアは落ちることになる。それぞれの事業で収益があがらないと、グループ全体の収益もあがらない。競合のROICやWACCに対して、自分たちの立ち位置はどうなのかといったことを捉え、改革をスピーディーにやっていく。2024年度は、もう一度ネジを巻いてやっていかなくてはならない」と語る。

危機感が足りない、上意下達の文化の文化が生んだ悪循環

ネジを巻く上で、楠見グループCEOが重視するのが、パナソニックグループの経営手法の原点への回帰だ。

楠見グループCEOは、「パナソニックの経営のやり方ができていなかった時期が長かった」と前置きし、「パナソニックグループが30年間成長してこなかったのは、上意下達の仕組みによって、売上げと利益を追求することが目的化してしまったことに原因がある。パナソニックグループの目的は、お客様へのお役立ちを通じて、お客様に喜んでいただき、それによって適切な利益をいただくことである。本来の目的から、かけ離れたものになっていた」と振り返る。

事業が厳しくなると、売上げや販売台数の拡大を優先し、事業部長はそればかりを追いかける時代が続いたという。その結果、上意下達の文化が浸透し、現場の人たちは言われたことをやるのが当たり前になり、自らから改善したり、自分で物事を考えることが減ったりし、言われたことをやるのが仕事という大きな誤解が生まれるという悪循環につながった。

「一人ひとりが任務を遂行するために、より良き方法、より良き手段を生み出して、積極果敢に、より大きな成果を生むことに、責任を持って取り組まなくてはならない。自主責任経営がパナソニックの経営の根幹であり、その文化を取り戻さなくてはならない」とする。

ここで、楠見グループCEOは、1963年に、電子レンジ事業部長を務めた小川守正氏の名前をあげ、自主責任経営が広がるきっかけが、ここにあったことに触れた。1965年生まれの楠見グループCEOが生まれる前の話だ。

そのエピソードを紐解いてみると、当時、電子レンジの試作品が完成したことで、独立採算制の事業会社を設立。小川氏が事業の舵取り役を担うことになったという。創業者である松下幸之助氏は、「君は今日から経営者だ。原価を上回る評価をしてもらうと利益がでる。その利益で、部下にしっかりと給料を払え」と語ったという。

技術者だった小川氏は、「ナショナルマーク(当時の松下電器のロゴマーク)をつけて作りさえすれば、販売会社と小売店が自動的に売ってくれる」と思っていたし、「給料は会社が払ってくれるもの」と思っていたという。

だが、当時の価格で100万円もする電子レンジはまったく売れない。待っているだけでは売れないことを実感し、創業者の言葉の意味を理解した小川氏は、事業部の80%近くをセールス担当とし、3階建ての事業部の建物の屋上から、「給料を払える経営をしよう」と書かれた大垂れ幕を吊るしたという。独立した事業であるからには、給料は自分たちで稼ぎ出さねばならないという意識が事業部内に芽生え、そこから稼ぐための様々なアイデアが創出されていったという。

楠見グループCEOは、「事業会社や分社という単位で見たら、そこそこの実績を出している。だが、事業部単位で見ると、大した悪化要因がないのに低収益の事業がある。これは経営が悪い。また、劣後していることに危機感を持たなくてはいけないが、それに気がついていない責任者もいる。事業部のなかには、東証プライム上場企業ぐらいの規模がありながらも、一人ひとりが経営者であるという意識が染みついていない実態がある。責任者は、人とお金を預かっている。その人たちには、危機感の欠如があってはならない。事業部長にはしっかりと経営をしてもらわなくてはいけない。2024年度は、それを徹底していく」とする。

楠見グループCEOは、「社外取締役から、パナソニックグループは、危機感が足りないと指摘されている」と明かす。

自らも、「変わりつつある現場が出てきたことについては手触り感があるが、数字には結びついていないところが多い。根本的な課題は、危機感の無さである」と反省する。

「かつての松下電器(現パナソニック)は、競合にちょっと負けているだけで大きな危機感があった。私が入社した時点でもそうした雰囲気があった。しかし、いつの間にか、赤字でなければいいというような緩い危機感に変わっていったことを感じた。その原因を探っていくと、そのときどきに、どこが悪いのか、なにかを変えなくてはいけないのかといったことに、手を入れてこなかった部分があった」と振り返る。

極端に悪い事業には徹底した対策を実行しても、中途半端に悪いという水準の事業に対しては、手をつけないものが多かったという。これは最近まで続いていたことだと指摘する。

「この文化を変えなくてはならない。健全な危機感を、いかに復活させるかが鍵になる」と、楠見グループCEOは述べた。

テレビ事業、他の事業とは別の再建ストーリーを設定

パナソニックグループでは、2024年度以降の取り組みとして、収益を支えるべき事業に対しては、ROIC(投下資本利益率)による規律を徹底し、2026年度までに課題事業をゼロにする一方、車載電池事業では2027年度以降に2桁のROICを維持できる体質に転換することを新たに発表した。また、事業がマイナス成長で、ROICが事業別WACC(加重平均資本コスト)に満たない場合には「課題事業」と位置づけ、自主再建でROICを改善するか、事業譲渡や撤退も視野に入れた抜本的な対策を打つことも明確化した。ここでは、事業部単位だけに留まらず、ビジネスユニット単位、商材単位でも同様の指標を導入することを検討しているという。

「事業別に見ると、市況の影響を受けているもの、コスト力の改革が遅れているもの、構造そのものが厳しいものなどがある。くらし事業では、調理家電が期待ほどの収益をあげておらず、空質空調も期待したほどの利益には届いていない。全事業において、事業別WACC+3%を超えるROIC水準を目指していく。2024年度前半には、ROICと成長性、キャッシュフローで、事業をどう変えていくのかを定め、しっかりと議論をし、約束を守ることを徹底して、危機感も醸成していく」とする。

改革の動きのなかで、注目されるのがテレビ事業である。

  • パナソニックのVIERA(ビエラ)。このテレビ事業も「聖域ではない」

テレビ事業は単独で捉えると、厳しい事業環境にあるが、楠見グループCEOは、「家電のフルラインアップ戦略を進めるという点では、例外的に見なくてはならないと考えており、白字(ブレイクイーブン)でも事業を続ける。家電全体のなかで、どうROICを達成するかを考え、他の事業とは別の再建ストーリーと締め切りを設定している」と述べた。

たとえば、パナソニックブランドの家電を扱っている専門店である「パナソニックの店」では、テレビが占める販売比率がかなり高い。

「テレビを他社から調達して、ブランドだけをパナソニックに変え、販売店に卸すという手もあるが、それでは、価値のある商品を販売することに取り組んでいる専門店に対して、期待される商品を届けることができない」とし、同社が家電事業を推進する上ではテレビのラインアップが重要であることを示す。

「家電のフルラインアップを当面維持していくと考えたときに、テレビはどういう収益性を目指すべきかを考えた。事業構造をどう変えて、赤字を出さないように継続するにはどうするかを1~2年で見極めていく。それでも駄目だという場合には、もう一段踏み込むことになる。家電全体の戦略のなかでバランスのとり方を考えていく必要がある」とする。

同社では、テレビの新製品において、AmazonのFire TVをOSに搭載した。これにより、機能や操作性の向上だけでなく、自社開発費用の負担を減らしたり、原価改善にも効果が生まれたりする効果があると見ている。

  • AmazonのFire TVを搭載した新製品も発表している

楠見グループCEOは、テレビ事業の位置づけは、構造改革においても「聖域ではない」とし、「いま必要だから、テレビ事業を継続している」とする。

そして、「家電は、パナソニックグループの事業の柱であり、続けることに変わりはない。その領域においても、利益をしっかりと稼いでいくことになる」とする。

テレビ事業は市場全体が厳しい構造になっている。パナソニックは、パネル事業からはすでに撤退し、カスタムLSIの自社生産も行わず、OSについても外部から調達して、下位モデルは、すでに他社から調達するという手を打っている。

こうした様々な改革を進めながらも、テレビ事業を継続しているのは、家電メーカーのパナソニックにとって、テレビは欠かすことができない商品であり、避けて通ることができないスマートホームの提案においても、ハブとしての役割を果たすことが見込まれるからだ。

これからもテレビ事業を取り巻く環境は厳しくなるとみられる。そのなかで、パナソニックが、家電全体のなかで、テレビ事業の舵取りをどう執っていくのかが注目される。