ソフトバンクグループは2022年2月9日、同社の傘下である英国の半導体設計大手、Armを米半導体大手のNVIDIAに売却することを断念、再上場に向けた準備を進めることを明らかにした。そこにはソフトバンクグループがArmの出口戦略に悩む様子も見えてくる。

売却は難しいと判断、当初の戦略に戻る形に

Armといえば高性能かつ低消費電力のCPUなどを設計していることで知られる企業であり、電力とパフォーマンスのバランスが求められるスマートフォンなどに向けたSoCに、その設計が多く採用されていることで知られている。そのArmを2016年に買収して親会社となったのが、投資会社となっているソフトバンクグループだ。

  • Armの買収を発表した直後の2016年7月28日に実施されたソフトバンクグループの決算説明会より。当時、日本円で約3.3兆円での買収とあって大きな驚きをもたらした

だがソフトバンクグループは、新型コロナウイルスの影響による株価の下落を大きく受けたことから、2020年にArmをNVIDIAに約400億米ドル(当時の為替レートで約4.2兆円)で売却すると発表。ただし売却額の3分の2はNVIDIAの株式で支払われるため、売却が完了すればソフトバンクグループはNVIDIAの筆頭株主となる予定だった。

しかしながらArmの設計は大半のスマートフォンが搭載するSoCに採用されるなど、現在のIT市場の半導体設計におけるシェアが非常に高く、影響力も大きい。それだけにArmが特定の半導体メーカーに売却されるとなれば優位性が圧倒的に高まり、市場の公平性が保てなくなるとして売却発表当初から競合の半導体メーカーなどが反対を表明していた。

  • Armの設計をベースとしたチップの出荷数は2,200億個に上るとのことで、それだけIT業界への影響力が大きいことが分かる

しかもその後、反対を示す企業は半導体以外のIT関連企業にまで広がり、さらには買収・売却先企業がある米国や英国の規制当局までもが独占禁止法の観点などから売却に懸念を示すようになったことで、両社は売却が難しいと判断。ソフトバンクグループは2022年2月9日に、Armの売却断念を発表するに至っている。

  • ソフトバンクグループは競合や政府などからの反発もあり、ArmのNVIDIAへの売却を断念すると発表。代わりに再上場することでの利益化を目指すとしている

だが現在のソフトバンクグループは投資会社であるし、Armには同社が外部から資金を募った「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の第1号ファンドの資金も入っている。そうしたことから売却を断念しても利益を得る何らかの出口戦略が必要であり、そのために同社が打ち出したのがArmの再上場である。

Armの再上場という選択肢は、同社の代表取締役社長である孫正義氏が買収後の早い時点から言及していたものであるし、ソフトバンクグループは中国政府のIT企業に対する規制の影響で業績好調とは言えないものの、コロナ禍による危機からの回復で2020年当時と比べればだいぶ改善はしている。無理に資金調達をする必要性も薄れてきているだけに、NVIDIAへの売却断念によってある意味、元の戦略を取るに至ったともいえるだろう。

売却は困難、Armの強化徹底以外に道はない

ただ一連の出来事からは、ソフトバンクがArmを売るに売れない状況に追い込まれ、出口戦略の幅が大きく狭まってしまったことは確かだ。

規制当局の判断を考慮すれば同じIT関連企業に売却するのは不可能だろう。かといって孫氏自らが「金額的に世界最大のベンチャー投資家グループ」と話しているように、ソフトバンクグループは投資会社としてはかなりの規模に達していることから、他の投資ファンドなどに売却するにしても規模の面で難しい部分がある。

そうしたことから上場以外にArmの出口戦略はなくなったともいえるが、そこで問題になってくるのは得られる利益である。孫氏はもしArmの売却が成立した場合、現在のNVIDAの株価を考慮すれば約800億米ドル、現在の為替レートでおよそ9.2兆円を得ることができたと話しているが、Armの上場でそれだけの利益が得られるかは見えない部分がある。

市場の評価を高めるにはArmの業績を高める必要があり、ソフトバンクグループはArmの買収後に積極投資をしてエンジニアを増やしてCPU設計を強化、利用用途をスマートフォン以外にも広げることに注力してきたという。その結果、サーバーや電気自動車(EV)などにもその利用が広がり、売上や利益が再び成長基調にあるのは確かだ。

  • Armはスマートフォン向け以外のチップにも設計の採用が広がったことで、売上を伸ばしている

ただ短期的に見ればその伸びは継続すると考えられるが、それが将来にわたって続くとは必ずしも言い切れない部分がある。パワーが要求されるサーバー用途などではインテルなどx86ベースのCPUを扱う企業との競争は続くだろうし、最近ではオープンな設計の「RISC-V」が徐々に台頭し、将来的な競合となる可能性も出てきている。

競合のシェアが高まりArmのシェアが落ちれば売却しやすくなるかもしれないが、それはArmもソフトバンクグループも望んでいないだろう。となれば取るべき道は、やはりArmを継続的に強化して既存分野での高いシェアを維持しながらも、EVなど新しい分野でのシェア拡大を推し進めるのみだ。

  • Armの設計を採用する企業とその分野は確実に拡大しているが、競合の台頭もあるだけに、事業拡大をいかに継続できるかが重要になってくる

少なくとも現時点で、Armが優位なポジションにいることは確かだろう。その優位性が保てる間にArmが次の手をいかに打てるかが、出口戦略が求められるソフトバンクグループにとって非常に重要になってくるといえそうだ。