アニメ業界セミナー「ACTF2021 [SUMMER]」が7月16日、17日にオンラインで開催されました。同イベントは、アニメーション制作にかかわる制作者が必要とするデジタル制作技術に関する情報獲得の機会を提供することを目的にしたもの。主催はACTF事務局、共催はワコム、セルシスです。
ACTF2021 [SUMMER]の初日、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にも参加した3DCGアニメ制作会社「プロジェクトスタジオQ」が、オープンソースの統合型3DCGソフトウェア「Blender」を使ったアニメ制作の全般について語りました。
『シン・エヴァ』でも使われたBlender
「Anime on Blender ~スタジオQが目指すCGの未来~」と題したセッションに登壇したのは、プロジェクトスタジオQのアニメーションディレクター・山内智史氏とプロデューサー・山田裕次郎氏。オープンソースソフトウェアを用いたアニメ制作フロー構築に取り組むプロジェクトスタジオQにおけるBlenderの導入事例や、人材育成におけるオープンソースソフトウェア採用の利点について語りました。
その冒頭、山内氏はBlenderについて「オープンソースの統合型3DCGソフトウェアで、機能が豊富な上にライセンス料が無料なため、アマチュア層に普及が進んでいる現状があります」と紹介します。
山田氏も「フリーランスのかたを含めて、いまBlenderを使って仕事している人がかなり増えている印象です」とコメント。実際、プロジェクトスタジオQの人材募集に寄せられる応募作品にも、Blenderで制作されたものが増えていると明かしました。
ちなみにプロジェクトスタジオQでは、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』において、一部のCGをBlenderで作成、レンダリングまで行っています。また同社では2021年、3DCGソフトは(基本的に)Blenderのみで業務を進行しており、複数の案件でBlenderを中心にした映像制作が行われているそう。Blenderに対する信頼度の高さがうかがえますね。
山田氏は、「弊社のBlenderによる制作の特徴は、Blenderに合わせた特殊な作り方ではなく、従来のフローから大きく変えることはせずに制作が完結できている点です」と説明しました。
なぜ、3DCGソフトのメインをBlenderに定めたのでしょうか。その理由のひとつに、有料のCGソフトだけでは大規模な作品を作るのが難しくなった、という背景を指摘します。
複数の企業に協力をあおぐ場合、同じソフトを使っていることが前提条件となります。特定のソフトを導入してしまうと、協力してもらえないんですね。山田氏は「あの腕の良いクリエイターにお願いしたいが、その人はこのツールを使えないので断念する、そんなもどかしさが従来はありました」と説明します。
プロジェクトスタジオQ発の機能、次期バージョンのBlenderに搭載
ここで改めて、両氏はBlenderの魅力について解説していきました。
「公式サイトからダウンロードして、ソフトを起動するまで約2~3分しかかかりません。ライセンスの管理も必要ないから、スピーディーに開けるんです。またオープンソースのため、開発も世界中で活発に行われています」と山内氏。
例えば、この機能が欲しいんだけど誰か開発していないか、と検索すれば、やはり似たような問題に直面して解決した人たちが世界中にいて、欲しい情報やツールがすぐに得られる、といったメリットを強調します。
個人が開発した機能が公式に採用されて、バージョンアップで本体に組み込まれることも珍しくないんだとか。「実は弊社で開発した機能も、次回のリリースVer.3.0に組み込まれる予定です。地味ながらかゆいところに手が届くというような、そんな機能です」(山内氏)。
弊社エンジニアの白川が開発したBlenderの新機能が、次回リリース(3.0)に搭載されることとなりました。引き続き、Blenderへの開発を強化して参ります。https://t.co/IBfB7gCR82
— プロジェクトスタジオQ (@Project_StudioQ) July 5, 2021
山内氏は「最近では、モーショングラフィックスの業界でもBlenderに移行する人が増えているようです」といいます。これに対し、山田氏も「CG屋さんじゃない人が、ちょっとCGを触ってみようかというときに導入しやすいようです。作画のアニメーターが、仕事の中で実際にBlenderを使う事例も出始めてきています」と付け足します。
ここでBlenderを使ったアニメ表現として、エヴァンゲリオン初号機をモチーフにした参考事例をスライドに映して「セル調のアニメ表現も行える」とした上で、若手スタッフが習作として作成したスカルプト(彫刻)機能を使ったクルマのレンダリング映像、写真のようにリアルな人物像を例に挙げ、それらもBlenderで作成できると紹介。「このようにBlenderがあれば、大体のことができるんです」(山内氏)。
まとめとして、ほかの有料ソフトでできることはBlenderでも再現可能なこと、オープンソースなので今後の進化・改善にも期待できること、リアルタイム性のあるビューポートやグリースペンシルの性能など独自の特徴も持っていることを強調。また、分からないことがあったらネットで検索すればすぐに解決法が見つかることから、自主学習のしやすさもポイントとして挙げました。
これらを踏まえ、山田氏は「今後、BlenderでCGを触り始めたという人が爆発的に増えることを、業界としては意識しておいたほうが良い。独学の優秀な人材が増えてきます。どこに良いクリエイターがいるのか、人の採用もこれから変わってくると思います」。
“Blender使い”は就職できる?
上記の流れから、最後は「Blenderを使っていて就職できるのか」という点に話がおよびました。
山内氏はプロジェクトスタジオQにおける話と断った上で、採用担当者はどのソフトを使っているかではなく、ソフトを使って「どんなクオリティのものが作れるか」を見ていると指摘。ツールは確認をするくらいで、気にはしていないと説明します。
モデリングなら形を見る力、デッサン力、トポロジーが綺麗に作られているか、アニメーションなら動きの基礎ができているか、ポージングのうまさ(シルエット)、演出力などが採用のポイントに。その上で、ほかのソフトを使っていても若い人なら1か月もあればBlenderに慣れる、と明かします。
さらには、今のうちにBlenderに詳しくなっていれば、Blender導入を検討している企業に対してプラスに働くのでは、というところまで踏み込んだ話も。締めくくりには、山田氏が「弊社で開発した機能について、技術として隠す気は全くない」と、自社開発の機能を公開していく可能性にも言及。その後の質疑応答を含め、これからBlenderに取り組もうとしている業界のクリエイターを鼓舞する内容となっていました。