ゲリラ豪雨に台風、地震……。近年は災害のニュースを頻繁に耳にしますが、気になるのは自分が住んでいる地域の避難拠点について。規模の小さな地方自治体では、なかなか緊急避難拠点にまで予算を割けない現実もあります。
現代の生活は「電気」が必須であり、災害時の避難でも例えばスマホの充電などは生命線のひとつです。今回、災害避難拠点となる施設に、積極的に太陽光パネルなどを導入している群馬県吾妻郡の各自治体や施設を見学してきました。吾妻郡では、6町村9施設において「防災対策リニューアル事業」を推進中。地域として避難拠点の強化に取り組んだ背景、そして施設の強化によって電気代などはどう変化したのでしょうか。
意外と知られていない国の補助事業
避難拠点となる規模の施設は、いざというときには数百から千単位で人を受け入れる必要があります。こうした規模の施設をリニューアルするには億単位の予算が必要ですが、吾妻郡は、環境省の「地域の防災・減災と低炭素化を同時実現する自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業」という補助制度を利用して予算面をクリア。
この補助事業は近年の豪雨や台風、地震といった災害の頻発を踏まえたもので、災害による停電時でもエネルギー供給を確保するための設備を導入する場合に利用できます。注目は、災害の備えとともに「低炭素化」も要件としていること。つまり、ただ「備える」だけではなく、再生可能エネルギーや省エネ設備などを導入することによって、平常時の温室効果ガス排出量も減らす必要があります。
最初に見学したのは「高山村 保健福祉センター」。ここは地域の保健センターとしてだけでなく、保育所、児童館、デイサービスといったさまざまな役割を担う施設です。役割が多いため、センターの敷地面積は約2,500平方メートル、建物の延べ面積は2,293.15平方メートルと大きく、非常時は287名が避難できる避難所・福祉避難所・炊き出し場所として機能します。
この保健センターでは、もともと電力会社から購入した電気で空調、照明、コンセントのエネルギーを負担。そのほか、太陽熱で蓄熱床暖房や給湯器の一部をまかない、給湯器の一部には灯油も利用していました。
リニューアル後は空調、照明、コンセント、給湯器を電気で動かし、太陽光パネルと蓄電池を導入することで年間エネルギーコストを削減。悪天候が続くなどで太陽光発電の電力が足りない場合は、電力会社から電気を購入します。合わせて、LPガスによる空調や発電機も設置。エネルギー供給の種類を増やすことで、災害時のリスクを分散しています。停電時でも可能な限り長く、センターの機能が維持できる仕組みです。
施設内の照明はLEDへとリプレース。よく利用する給湯器は、太陽熱と併用して省エネな電気式のエコキュートに変更しました。電気を自分で作るだけではなく、省エネ機器の導入によって使用する電力自体も減らしているのです。
そこで気になるのが光熱費の推移。 リニューアル前までの1月~3月における光熱費(平均値)は、
・電気代:月額2,022,707円
・ガス代:月額121,892円
・灯油代:月額454,936円
でしたが、設備をリニューアルした令和3年(2021年)の光熱費は以下のようになっています。
・電気代:月額1,467,046円
・ガス代:月額336,115円
・灯油代:月額0円(給湯器を電気式にしたため)
一部、ガス式のエアコンを増やしているのでガス代のみ上昇していますが、それでも全体で見ると月間で796,374円もの減額に成功しています。
「給湯を電気式にしたにもかかわらず、これだけの電気代を削減できました。この調子でいけば、年間で400万円ほどの光熱費削減が見込めるのではないでしょうか」(高山村役場 保健みらい課長 割田氏)
見た目は時代劇? 中身は最新? 東吾妻町の1,000人が避難できる庁舎
次に訪れたのは、東吾妻町の役場庁舎・コンベンションホール。役場なのに見た目はお城!? 実はこの庁舎、もとは町営のスーパー銭湯だったものを改装・増築して使われています。従来の役場が老朽化したこと、経営が厳しかった温泉施設の設備更新の時期が重なったことで、温泉施設を役場庁舎に変えるという大胆なコンバージョンを実現。2019年に庁舎機能を移転し、役場として生まれ変わりました。
この庁舎も災害時は1,000人が収容できる避難所になるため、移転に際しては耐震工事とともに、前述した国の補助事業を利用して「防災」と「低炭素化」を図っています。
従来の庁舎は、電力会社からの電気で空調と照明、コンセントをまかなっていました。新しい庁舎では、これまでと同じ電力会社の電気とともに、太陽光・蓄電池、LPガスを利用しています。利用エネルギーの種類が増えているのは、高山村と同じく「いざというとき」のリスク分散。災害などで停電した場合は、太陽光(蓄電池)が照明とコンセントの電力を供給し、さらにLPガスでの発電にも対応しています。これにより、エネルギーコスト(電力、LPガス、灯油)は年間で100万円ほど抑えられる予定とのことです。
興味深かったのは、空調の一部が電力会社からの電気で動いていること。東吾妻町は避暑地になるくらい夏でも涼しい気候なので、災害時には空調(冷房)を停止しても大きな問題はないという判断によるもの。
また、平常時は役場として利用するため、介護が必要な保健福祉センターのように給湯設備には予算をかけていません。「地域の防災・減災と低炭素化を同時実現する自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業」は国の事業なので、その施設に必要な設備だけを導入するように計画されているわけです。
避難場所となる学校の6割は非常用の発電機アリ。でも実際は……
次は学校。日本では、公立小中学校の9割以上が地域の避難所に指定されています。そんな公立の小中学校では、6割以上がいざというときのために非常用の発電機を保有。ところが、非常用発電機の多くは消防のポンプを動かすためのもので、照明や電源の確保には使えないのです。
群馬県の嬬恋中学校も、災害時は250名を収容できる避難施設になります。嬬恋村は2019年の大型台風で大きな被害を受けましたが、避難した人の多くから「スマートフォンの充電だけはしたい」という声があったそうです。
設備のリニューアルでは、校内で約900台の照明をLEDに変更、さらに天井を断熱化することで省エネ化を図っています。なかでも生徒から評判がよかったのは体育館のLED化。従来の水銀灯と比較すると、体育館内は体感で倍くらい明るくなったといいます。
水銀灯からLEDへの変更は、運用上でも複数のメリットがありました。水銀灯は「体育館全体の明かりを点灯・消灯」しかできませんでしたが、LEDに変更したあとは「一部だけ点灯」が可能になり、使わないエリアのLEDを消すことでムダな電力を省けるようになったのです。さらに、体育館のLEDには調光タイプを採用。災害時に停電したら、明るさ(消費電力)を落として蓄えた電気を長く使うことが可能です。
災害時の命綱、救急医療に対応した病院もリニューアル
災害時は避難先とともに、いざ何かあったときに欠かせないのが病院。西吾妻福祉病院も今回の防災対策リニューアル事業に参加している施設のひとつです。西吾妻福祉病院は、群馬県北西部に位置する長野原町、嬬恋村、草津町、中之条町という4町村の組合が共同で運営しており、僻地拠点病院として緊急医療にも対応しています。
病院という施設だけに、医療機器などの設備電源は絶対に途切らせるわけにはいきません。そのため、太陽光・蓄電池による電力使用は、照明、コンセント、一部の空調だけにとどまっています。とはいっても大規模な病院だけに設備自体はかなり大きく、設置した太陽光パネルの発電量は368.5kWにもなります。今回見学した4施設のなかでも断トツの発電量です。その分、年間エネルギーコストの削減幅も大きく、年間で約1,000万円の削減になっているとのこと。
クラウドとつながってエネルギー運用の改善も
今回、災害時に地域を支える4つの施設を見学しましたが、各施設が同一のEMS(エネルギーマネジメントシステム)に対応しています。EMSでは電力の運用を見える化できるので、いつ、どこで、どれくらい電力を使っているかがわかります。安定・効率的な運用や省エネ活動のサポートに重要なシステムです。
ちなみに、吾妻郡の施設設備リニューアルには複数メーカーの機器が使われていますが、立案・計画・施工にはパナソニックが協力。EMSにもパナソニックの「Emanage」を導入しています。EmanageはIoT型で外部からもデータを参照できるため、さまざまな視点から運用データをチェックできるのがメリットです。
冒頭、今回取材した防災対策リニューアル事業は環境省の「地域の防災・減災と低炭素化を同時実現する自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業」の活用で実現したと説明しましたが、実際にかかった予算について概略を紹介しておきましょう。
最初に紹介した高山村 保健福祉センターを例にすると、リニューアルにかかった総予算は340,120,000円(約3億4,000万円)。対して補助金は245,991,000円(約2億4,600万円)と、約75%を補助金でまかなっています。さらに、自治体の自己資金では足りない数千万の予算は国からの借り入れで対応。この借り入れ資金の半分も国から充当されるため、結果的に驚くほど少ない資金で地域の防災設備を整えられたそうです。
予算の少ない小さな自治体にとって魅力的な補助事業ですが、残念ながら認知度はあまり高くないとのこと。災害不安がある自治体にとっては、検討してみる価値があるのではないでしょうか。