景気対策としてスタートしたキャッシュレス決済のポイント還元事業。

政府は増税を機にキャッシュレス決済を普及させ、将来的にはキャッシュレス決済の比率を全体の80%にしたいと目標を掲げている。背景には増加するインバウンドの受入環境整備もあるが、中小企業のなかにはこの流れに乗りきれないでいる事業者も少なくない。

そんな状況を汲み、西武信用金庫は「持続可能な地域づくり」を目指して取引先の中小企業へ向けたキャッシュレス化のサポートを開始。技術面でのパートナーにはNTT東日本を指名した。実際にどのような取り組みがなされているのか、西武信用金庫の東村山支店を訪ね、現場のリアルな声をうかがった。

  • 東村山支店の古屋貴之支店長(右)と村岡祐三子さん

「中国のホストタウン」という大きなチャンス

今回お話を聞いたのは、西武信用金庫、東村山支店長の古屋貴之さんと、個人アドバイザリー担当の村岡祐三子さんだ。

東村山支店は今年3月、地域の商店街の総会などでNTT東日本を招いたキャッシュレス決済の研修会を実施。消費増税まではまだ半年以上の間があり、軽減税率制度の理解も一般的に進んでいなかった時期である。それでも研修会で予備知識をインプットした事業者のなかには、比較的スムーズにキャッシュレス化できたケースも何軒かあったという。

しっかりとキャッシュレス化に対応した小売店とそうでない小売店とでは、売上面で多少なりとも差が生じていくと考えられるが、特に東村山市の場合はその差が決定的なものとなりそうだ。

というのも、東村山市は2004年、中国の蘇州市と友好交流都市協定を締結している。こうした事情も手伝って、東村山市は来年の東京五輪・パラリンピックで中国の「ホストタウン」になることが決定。サッカー、卓球の中国代表チームの事前合宿を東村山市で行ったり、大会中は中国選手の試合をパブリックビューイングで放送したりするなど、市は中国人観光客の誘致に本腰を入れている。

  • 東村山市のインバウンドについて話す古屋貴之支店長

「東村山市は中国のホストタウンになったけど、商店街は最初、ピンときていなかったんです。でもNTT東日本の提供する『StarPay』(スターペイ)ならWeChatPay(ウィーチャットペイ)やAlipay(アリペイ)にも対応しているし、中国人でもキャッシュレス決済できるお店ということになれば、観光客の選択肢にも入りやすくなりますから」(古屋支店長)

これが売上にはずみをつけるチャンスであることは間違いない。東村山支店はNTT東日本の力を借りつつ、キャッシュレスの環境整備の必要性を地域で力説。「機会の損失」を避けるため、現実的な危機感を煽りながらキャッシュレス化をうながした。

交わる「地域活性化の取り組み」と「キャッシュレス化の波」

地域のキャッシュレス化を進めるにあたり、期せずして、東村山支店がかねてから実施している、ある“ユニークな取り組み”が役立っているらしい。

それが古屋支店長が地域活性を目指し、3年前から有志でスタートさせた「ひがしむらやま観光御朱印帳スタンプラリー」だ。飲食店や物販店、公共施設や神社などを周り、20個以上のスタンプを集めると商品や酒蔵体験ツアーなどが抽選で当たるという独自のイベント企画である。

  • 古屋支店長が始めた「ひがしむらやま観光御朱印帳スタンプラリー」

御朱印帳はスタンプラリーの参加店で購入でき、参加店で500円以上の商品を買うとスタンプをゲットできる。御朱印帳は一冊1,000円だが、参加店で御朱印帳を提示すると「ソフトドリンク一杯サービス」や「100円の天ぷらひとつサービス」「オリジナルコースタープレゼント」などといったお得なサービスが受けられるので、5~10店をめぐれば元が取れる仕組みとなっている。

  • 御朱印帳に押された各店舗のスタンプ

スタンプラリーに参加しているのは61の店舗や施設で、東村山支店の取引先は3分の1にも満たない。ただし、こうした付き合いがきっかけで、「口座を作ってほしい」「融資させてほしい」と営業をかけるときよりも、格段にコミュニケーションがとりやすくなったのだという。

「スタンプラリーの参加店からは参加費もとっていますが、それでも参加してくれるのは彼らが『なんとか大型店に対抗しなきゃ』と危機感を持った社長や店主たちだから。彼らはICT化、キャッシュレス化の流れとの親和性も高い。このスタンプラリー参加店は、思いがけず『キャッシュレスリスト』にもなっている。実際にNTT東日本と契約を結んだ店もあります」(古屋支店長)

キャッシュレス化がもたらす事業の効率化

新たな取り組みに積極的な事業者がいる一方で、全体的に見た場合、スピーディにキャッシュレス化が進んでいるとは言い難い。

  • 現場のリアリティを語る村岡祐三子さん

「キャッシュレス化したいという思いはあるけど、年配者が営む店も多くて、なかなか進んでいないのが実情ですね。傾向としては、ご高齢でもスマホを使っている人はキャッシュレス化に対応しています。あと、息子さんが店を手伝っているようなところもそうですね。本当は店主がご自身でキャッシュレス決済を体験するのが一番早いんでしょうけどね」(村岡さん)

キャッシュレス化の波に乗り遅れる事業者たちは今後、どう行動すべきか。軽減税率制度が終了し、東京五輪・パラリンピックを終えたあとも古屋支店長たちはキャッシュレス化の支援を続けるのだろうか。

「今、銀行の両替手数料も増えていますから、なるべくキャッシュレスな状態にすることで商売のコストは下がるんです。そうした環境を整備するのが我々の役目ですからね。キャッシュレスだと売上の集計もしやすくなるようですし、レジ締めやモノの管理が圧倒的に楽になります」(古屋支店長)

キャッシュレス対応は集客の維持だけでなく、コストや実作業の効率化にも有効なのだ。東村山支店は、キャッシュレスに関心を示す事業者に対し、今後もNTT東日本の協力を得ながらキャッシュレス化の支援を続けるという。

「正直、キャッシュレスのような新しいことに興味がある人は、事業意欲の旺盛な人が多く、新たな売上を狙おうとする人も目立つんですよね。そういう人たちを支援して、ビジネス環境をより整備し、一緒に地域を盛り上げられればいいなと思います」(古屋支店長)