グラフィックに関わるクリエイターを中心に、広く活用されているワコムのプロ用ペンタブレット「Intuos4」。このIntuos4はどのように誕生したのだろうか? ワコムの開発陣の貴重な証言から、その誕生の秘密を探る。今回は初代「Intuos」誕生までを追った。

「Intuos」シリーズはどのようにして生まれたのか

「Intuos4」登場までに、ワコムは様々なペンタブレットをリリースしてきた

「Intuos」シリーズの1作目に当たる初代「Intuos」は、1998年に発売された。このツール完成までのエピソードを、ワコム プロダクト統括開発部ジェネラルマネージャー 福島康幸氏とワコム 営業本部プロダクトマーティング部プロダクトマーケティングGr.マネージャー 田中尚文氏が証言する。福島氏はシリーズ1作目から開発に、田中氏はIntuosシリーズの企画や宣伝に関わる業務にシリーズ創成期から携わっている。いわば、Intuosシリーズの全てを知るふたりといえる。

ワコム 営業本部プロダクトマーティング部プロダクトマーケティングGr.マネージャー 田中尚文氏(写真右)、ワコム プロダクト統括開発部ジェネラルマネージャー 福島康幸氏(写真左)

「UD」から初代「Intuos」へ

初代Intuos登場前夜、ワコムには「UD」というペンタブレットが存在していた。この製品がIntuos登場のきっかけになったと両氏は語る。福島氏によると初代Intuosの開発は発売の約2年前、1996年前後から正式にスタートしたという。その頃、ワコムには「UD」シリーズというペンタブレットが存在していた。

ワコムの「UD」。この製品性能を大きく越えるべく、Intuosの開発はスタートした

「初代Intuos以前、弊社ではUDというペンタブレットがありました。しかし、UDでは機能の拡張ができなかったのです。初代Intuos発売の10年ほど前から、UDに変わる新しいタブレット開発のためのチームが社内に存在していたんです。そこで研究していたことが、やっと技術的に確立されてきた1996年に、Intuosの企画がスタートしたのです」(福島氏)

ペンにICを搭載し飛躍的に進化

UDのペンでは、アナログでタブレット本体にデータを返していたという

UDが抱えていた技術的な問題、また新しいペンタブレットに組み込まれた新技術に関して、両氏は回想する。

「Intuosは、ペンに搭載しているICチップが様々な情報を計算した上でタブレット本体に送信しています。ペンの筆圧に関してもUDではアナログで情報を本体に返していましたが、Intuosでは、ペンのICの中でデジタルデータに変換してタブレット本体に返すようになったんです」(福島氏)

「UDでは、誘導電流の位相のズレというアナログ情報をもとにスイッチ情報や筆圧のレベルをタブレット側で計算していました。この方式では、高機能化は難しかった。初代Intuosでは、ペンにICチップが入ることによって、座標値はUDと同じ方式でとっているのですが、筆圧などの情報をペン側でデジタルデータに変換しています。ペン先のチップセンサーが感知した筆圧のアナログ情報を、ペンのICがデジタル化しているのです」(田中氏)

ペンにICチップを搭載して、様々なデータをデジタルデータとしてタブレット側に送る。これが、初代Intuosとそれまでのペンタブレットとの決定的な違いだった。この進化は、より現実のアナログ画材に近い表現をPC上で実現するという大きな目標のための必然だったといえる。

様々なデータをデジタル化し、これまでのペンタブレットとはまったく違うスペックを備え登場した初代Intuos

「やはり弊社でもUDという製品を出した後、他社から競合製品も出てきました。それらに圧倒的な差をつけて、ワコムとしてこれからのプロフェッショナルのニーズに応えたいということで初代Intuosは生まれたのです」(田中氏)

こうして1998年に発売された初代Intuosは、クリエイターたちにどう受け入れられたのだろうか?

「クリエイターの皆さんは、初代Intuosのスペックに非常に驚かれましたが、それ以上に嬉しかったのは、感覚として書き味の進歩を感じていただけたことですね」(田中氏)

3D関連のクリエイティブ作業を想定した「4Dマウス」

初代Intuosでは、筆圧レベルがUDの256から一気に1024になり、さらに、ペンのON荷重が軽くなり、デバイスID機能を備えることによってペン1本1本をカスタムツールに設定することができるようになった。また、同時にIntuosには、3DCGの操作を想定して4Dマウスが付属していた。

初代Intuosには、3DCGや映像制作の作業効率向上を目指して設計されたマウスが同梱されていた

「このマウスは、当時、3DCGや映像制作の作業を想定して作ったデバイスです。我々としては、両手入力によるクリエイターのパフォーマンスの向上を狙っていました。アナログでも、利き腕でペンや筆を持ち、もう片方の手で紙を移動したり回転したりします。デジタルの世界でも、両手を使いパフォーマンスを上げていこうという狙いがあった。マウスで3Dデータを動かしながら、ペンで描いたり着色したりという使用法を想定したのですが、あまりそのようなアプリケーションが出てこなかった(笑)。時代的に早すぎた部分があったかもしれないですね」(田中氏)

初代Intuosのタブレット本体にも着目したい。タブレット表面のデザインやユーザーインタフェースも、現在のIntuos4とはまったく異なる仕様となっている。

初代Intuso(写真左)と「Intuos2」(写真右)。タブレット上部にメニューボタンが集約されているデザインは、現在のIntuos4とは大きく異なる

「タブレット上部に横1列に配置されたボタンは、ペンでクリックして使うメニューボタンです。当時は、ペンとマウスの両手入力も含めてタブレットの入力エリアの中ですべての操作を行うという発想だったんです。今から考えると、クリエイターの『シンプルに描きたい』とか、『ほかの操作でクリエイティブな作業を妨げられたくない』という願望に応えられていなかったと思います」(田中氏)

既存のUDの機能を遥かに凌駕した初代Intuos。しかし、初代Intuosが完成したことで、様々な問題点や、さらなる改良点、課題が生じたのも事実。ワコムの開発陣は、初代Intuosを受けてIntuos2開発に取り組むことになる。「アナログ画材を徹底的にシミュレートして、アナログ画材に近づき越えていく」という開発陣の思いは、ペンタブレットの更なる進化を促していくのだった(続く……)。

次回は初代IntuosからIntuos2の進化の歴史に迫る

撮影:岩松喜平