「飼い犬」の問題行動、本当に「犬」の問題?

――なるほど。でも、犬のしつけができない、自信がないということから、犬と暮らすことを躊躇する人も多いですね。

須崎氏「"しつけ"と考えると、とても難しくなります。でも、たとえば『恋愛のしかたマニュアル』を読んで実践しても、あまり役に立ちませんよね。"異性"とひとくくりに言っても、一人一人違う人間なのですから、恋愛のしかたも同じというわけにはいきません。犬もそうで、『犬のしつけ方』という本を読んで実践しても、大抵うまくいかない。しつけよりもコミュニケーションをどうとるかが大切なんです。動物でも異性でも、相手をコントロールしようとすると、うまくいきません。相手は必ずストレスを感じることになりますし、場合によっては反発します。コントロールはできないけど、コミュニケーションはできますよね。」

――でも、コミュニケーションだけで、問題行動を起こさないようにできますか。

須崎氏「できます。たとえば『うちの犬は拾い食いをして困る』という飼い主さんがいる。でも、犬は困っていないんですね。『ぼく、拾い食いが止まらなくて困っています』と訴える犬はいない。散歩をしていて、食べ物が落ちていれば、犬が興味を持つのは当然です。でも、そのときに飼い主がリードを引っ張って『だめ、だめ!』と大声をあげていることがほとんどなんです。犬にとっては『知りたいな(=匂いを嗅ぎたいな)』と思っているだけで叱られていることになります。これはストレスになりますよね。また、引っ張られると犬は作用反作用で余計に前に進もうとしますし、大声をあげられれば犬は余計に興奮してしまいます。犬が興味のあるもののにおいを嗅ぐのは自然なことですから、においは自由に嗅がせてあげて、食べようとしたときだけ『そういうのはやめようね』という『意思表示』をすればいいんです。犬の本来の行動をよく知った上で、飼い主さんの方が行動を変えてみる。それで多くの問題行動は軽減できます。」

■犬の問題行動をなくすポイント

  • ・大切なのは「しつけマニュアル」ではなく、飼い犬の「個性」を知ること
  • ・犬の本来の行動を知ること
  • ・「犬の問題行動」に困る前に、自分の行動を見直してみること
  • ――犬の問題行動は、飼い主が作っている面もあるんですね。

    須崎氏「飼い主と犬は本当に映し鏡のようだと思います。犬は飼い主がいちばん気持ちいいと感じていることが好きになります。飼い主があんパンが好きなら、犬もあんパンが好きになる。なぜなら、いちばん好きな飼い主があんパンをおいしそうに食べる表情を観てきているからです。でも、犬は自分であんパンを買いに行くことはできないんですよね。その子が生まれてきて、育ってきた環境。それはすべて飼い主が与えたものなんです。」

    ――ドッグトレーナーの仕事とは、飼い主に替わって犬をしつけることだと思っていましたが、だいぶ違うようですね。

    須崎氏「ドッグトレーナーが犬をしつけるだけでいいのでしたら、こんなに簡単なことはありません。犬は人間以上に痛みを回避するのに長けている生き物ですから、陰性強化という方法も海外でも使われています。でも、私はそういう方法を最優先はしませんし、日本の飼い主さんにはなじまない方法だと感じています。私の仕事の対象はむしろ人間で、飼い主さんに自分の行動の問題に気付いてもらうことです。でも、犬の問題行動があって、それを飼い主さんに『あなたのこういう行動がだめなんです』といきなり指摘して、『はい、わかりました』という人は少ない。『でもね』といういいわけがでてくる。それを『こうしたらどうでしょう、こう変えたらよくなると思いませんか』という"気づき"の手助けをする。それがトレーナーの仕事です。そして、飼い主さんに早く気づいてもらえるようにするのが、トレーナーの技量だと思っています。早く気づけば、その分犬も飼い主さんも早く幸せになれる。」

    ――犬と暮らしていて、喜びを感じるのはどんな瞬間ですか。

    須崎氏「本当にごく日常的な時間の中に喜びがあるんです。よく、犬を連れて旅行に行きたいという人がいます。もちろん、いっしょに旅行に行くのは楽しいと思いますが、私はわざわざ遠くにいきたいとは思いません。たとえば、こっちに来てほしいと思ったときに、犬の顔を見る。すると、こっちに走り寄ってきてくれる。寝ているときに、ふと大丈夫かなと思って顔をのぞき込む。すると、向こうも感じて、耳がピクンと動く。こちらが気にかけていると、向こうも私のことを気にしてくれる。こんな些細な日常がうれしいんです。犬との暮しの喜びは、日常のなんでもない瞬間にあると思います。」

    ( つづく )

    (撮影:中村浩二)