その美しさに圧倒される「ウルビーノのヴィーナス」

だが、何と言っても本展のクライマックスは、次の部屋である。期待に胸を躍らせながら地下三階への階段を下りると、突如眼前に圧倒的な美の世界が広がる。「<ウルビーノのヴィーナス>と"横たわる裸婦"の図像」の展示室だ。ゆったりと空間をとった展示室の三方の壁を、それぞれ巨大な絵画が飾る。中央がお目当ての「ウルビーノのヴィーナス」、右手にボントルモ(本名ヤコボ・カルッチ)がミケランジェロの下絵にもとづいて描いた「ヴィーナスとキューピッド」、左手にティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房の手になる「キューピッド、犬、ウズラを伴うヴィーナス」が展示されている。

ウフィッツ美術館の至宝「ウルビーノのヴィーナス」作家名:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 所有者:ウフィツィ美術館 Photo:Antonio Quattrone

ポントルモのヴィーナスは、まるで男性のような豊かな筋肉が特徴的だ。一般に思い浮かぶ美神ヴィーナスとは似ても似つかない逞しい姿を見せる。下絵を描いたミケランジェロは、誇示された筋肉を通して、威厳、強さ、堅固さにヴィーナスの愛の力を託したという。一方の「キューピッド、犬、ウズラを伴うヴィーナス」は、ポントルモのヴィーナスとは対照的にやわらかで女性的な肉体を見せる。横たわるヴィーナスは伝統的に頭を左側に向けているが、ここでは左右を反転した新しい構図が取られている。そのため、見る者は足元からヴィーナスの姿をなぞることになる。

そして、いよいよお待ちかねの「ウルビーノのヴィーナス」だ。まずは離れて全体を眺める。美しい。これほど多数のヴィーナスが集った中にあっても、その美しさは際立っている。イタリア政府が至宝として国外持出し禁止を定めた気持ちが分かる。静かに横たわり、見る者をじっと見据える視線に、思わず身動きできぬほどだ。構図、色彩、描写、どれをとってもまさに名作、至宝の名がふさわしい。

「ウルビーノのヴィーナス」は見る者の心をとらえて放さない

数あるヴィーナスの中でも「ウルビーノのヴィーナス」の存在感は圧倒的だ

「キューピッド、犬、ウズラを伴うヴィーナス」はメディチ家に贈られたもの

さらに近寄って見る。その鮮やかなマチエールは、まるで画家が今しがた描き上げたばかりかのように瑞々しい。完成したのは1538年とのこと。470年前の作とはとても思えないほどだ。この絵に秘められた様々な要素の謎解きは、カタログや音声ガイドに任せるとして、理屈抜きで見る者を圧倒する美しさである。左右両サイドに飾られた名画も存在感が霞む。来場者の足も、ここでしばし釘付けとなって動こうとしない。展示室中央に用意された椅子に腰を降ろして、しばしヴィーナスとの対話を楽しむのもいい。