この連載では、新潟大学 日本酒学センター編著の『愉しい日本酒学入門』(河出書房新社)から一部を抜粋し、日本酒の基本を学んでいきます。
今回は「日本酒の種類と美味しさ」です。以下、『愉しい日本酒学入門』から抜粋します。
吟醸酒
吟醸酒はいまでは一般的になりましたが、40年ほど前まではほとんど市販されず、技術を競う鑑評会のためだけにつくられていました。吟醸香と呼ばれるフルーティな香り、淡麗な味の追求が、原料米の中心部のみを使用し低温発酵する吟醸造りを生み、高度精白が可能な精米機、香気成分であるエステルを高生産する酵母などの技術開発をうながしました。
吟醸酒の美味しさは、吟醸香と呼ばれる酢酸イソアミル(バナナ様)、カプロン酸エチル(熟れたりんご様)などのエステルに由来する香りにあります。いっぽうで吟醸酒には、なめらかさや後味の良さが要求されます。
吟醸酒の喉越しの良さについては、新潟大学歯学部の北川らが、ラットの咽頭に大吟醸酒を滴下したさいの上咽頭神経の応答を測定し、大吟醸酒で刺激した直後には大きな応答があるが、その応答は水で刺激したさいと比べて急速に減少し、さらには刺激前の神経活動の大きさよりも小さくなることを報告しています。「美味しさを感じた瞬間に喉から感覚が消えてしまう酒」といえるのではないでしょうか。
樽酒
いまでも、東京の蕎麦屋の日本酒といえば樽酒が定番であり、鏡開きなどを含め樽酒には根強い人気があります。樽酒の美味しさの第一は香りにあり、この香りは杉樽から抽出されるカジネン、セドロール、オイデスモールなどのセスキテルペン類に由来しています。これらの香り成分はアロマテラピーでも使われています。また、樽酒には、料理のうま味を持続させる効果があります。
古酒(熟成酒)
古酒の一般的な特徴は、外見は黄色から茶褐色。香りはエステルに由来する吟醸香などは少なく、カラメル様(蜂蜜、ドライフルーツ、糖蜜、醤油)の甘く焦げた香り、木の実やスパイスを連想する香りが感じられます。また、味は苦味が強く後味の余韻が長く残ります。
カラメル様の香りを呈する物質のひとつはソトロンです。ソトロンは天然物としては貯蔵した日本酒の中から初めて発見され、その後、糖蜜の香り物質として粗糖にちなみ日本で命名されました。ソトロンの日本酒中の検知閾値(においとして感じる最低濃度)は2.3㎍/L(マイクログラムパーリットル)とたいへん低く、また、長期間熟成したシェリー酒やポートワインにも含まれています。
―中略―
生酛
生酛は、低温で長い時間をかけ、酵母以外の乳酸菌などの複数の微生物を関与させる酒母のつくり方で、一時ほとんどおこなわれていませんでしたが、近年手がけるところが増えています。乳酸菌等が生産する香りは少量では香りに複雑さをもたらし、また、生酛づくりをおこなった酒ではペプチドが増加するため、喉の奥のあたりで味の濃さ(押し味やゴク味という人もいる)が感じられます。
貴醸酒
貴醸酒は、1973(昭和48)年に酒類総合研究所の前身である国税庁醸造試験所が開発した酒で、酒造りに使用する水の一部または全部に日本酒を用いています。糖分が多く甘口で、かつ有機酸やアミノ酸の多い濃醇な味わいが特徴です。糖分やアミノ酸が多いため熟成が進みやすく、琥珀色から茶褐色の色が見た目でも楽しめます。