「LIKE MILK(ライクミルク)」は、日本初となる酵母由来の非動物性ミルク。料理やお菓子づくりにも使えるという画期的なこの製品は、アサヒグループジャパンの新価値創造プログラムから生まれたという。本稿ではLIKE MILKの開発経緯や商品に込められた思い、アサヒグループジャパンの新規事業開発について聞いてきた。
新価値創造を目指したアサヒグループの「FCH」
アサヒビールやアサヒ飲料、アサヒグループ食品と行った事業会社を束ね、日本における事業を統括する中間持株会社として設立された、アサヒグループジャパン。純粋持株会社であるアサヒグループホールディングスの100%子会社だ。
アサヒグループジャパンは、少子高齢化による純粋な“胃袋の減少”、インターネット・スマートフォンの普及拡大による多様化・個別化を受けた“マス向けビジネスの限界”、モノがもたらす機能と価値の限界を背景とした“体験価値向上”、ビジネスや社会情勢が目まぐるしく変化し不確実性が高まるVUCA(ブーカ)に向けた“競争関係の構築”などを背景に、新価値創造への取り組みを加速させている。
この一環となるのが、同社が2023年に設立したのが、新規事業開発組織「FCH(Future Creation Headquarters)」だ。事業を統括するひとつの会社という利点を活かし、生活者全体を見渡し、社会課題をしっかり捉えることで、新しい価値を生み出すことを目指す。
FCH Support Officeのジェネラルマネージャーとして組織づくりと戦略策定を行っている伊藤幸博氏は、「既存事業はもちろん続けながら、その枠組みではできないことを実現するのがFCHです。各事業会社や研究所から手を挙げて集まったメンバーが融合し、外部企業やスタートアップ企業とも連携しながら新しいアイデアを生み出しています」と説明する。
このFCHから、さっそくひとつの注目製品が誕生した。日本初となる酵母由来の非動物性ミルク「LIKE MILK(ライクミルク)」だ。すでに4月16日から6月15日まで、クラウドファンディングサービス「Makuake(マクアケ)」において応援購入が実施された。
「LIKE MILK」はどのようにして生まれたのか、そしてどんな特徴があるのか。FCH シニアマネージャー フードダイバーシティー事業推進(LIKEブランド)の畠 徳望博氏にその誕生のストーリーを聞いてみよう。
子どもアレルギー学会で受けた衝撃がきっかけ
「LIKE MILK」誕生のきっかけとなったのは、FCHが始まった当初に行われたワークショップ。アサヒグループ食品のチームとして参加していた畠氏は、数々のアイデアの中から「アレルギーで悩む人が多い」という社会課題に着目。アレルギー特定原料等(28品目)不使用の食品について検討を進めていた。そんななか、同氏の目をミルクに向かせる出来事があった。
「異業種の友人の紹介で、大阪狭山市で行われた『第1回子どもアレルギー学会』に参加したんですよ。アレルギーに悩むお子さんやご家族がいろんな情報を得たり、アレルギー対応食品を作るさまざまな企業さんが出展しているシンポジウムです」(畠氏)
畠氏は当初、アレルギーに関して特別な知識がなく、アレルギー特定原料(28品目)についても「その原料を摂取しないように避ければ良い」と短絡的に思っていたという。だがシンポジウムで話を聞き、衝撃を受ける。
「9歳の女の子が『牛乳を5ミリ飲めるようになりました』というお話をされていました。この5ミリリットルにはすごい価値があるんです。ミルクチョコレートのお菓子をひとつ食べられるようになるのだと。ですが、5ミリの牛乳を飲めるようになるには、口からアレルギー物質を取り入れて抵抗をつけなくてはなりません。そのために月に一回、新幹線で3時間かけてしんどい経口負荷試験を受けに行くんですよ。それに立ち向かってる彼女のがんばる姿を知り、感動で涙が止まらなくなったんです」(畠氏)
牛乳は多くの食品に使用されており、少量でも摂取が可能ならば、食べられる食品が大幅に増える。畠氏に「アレルギーに悩む人たちが食べたいものを食べられる世の中をつくる」という目標が芽生えた瞬間だった。
酵母から生まれたあたらしいミルク「LIKE MILK」
食品アレルギーは世界的にも増加傾向にあり、実はアメリカや中国でアレルギーに悩んでいる人は日本よりもずっと多い。ピーナッツアレルギーなどはその代表的なものだ。そのなかでも牛乳に着目した理由を、畠氏は次のように話す。
「子どもが小さい頃のご褒美といえば、ケーキやソフトクリームですよね。でも他の子はおいしそうに、楽しそうにケーキを食べているのに、乳アレルギーを持っている子はそれを食べられないのです。その様子を思い浮かべると、本当に辛いだろうなと。親御さんも、我が子に食べさせてあげられないというつらさを感じていらっしゃいます」(畠氏)
乳アレルギーに悩む方のお役に立ちたいと悩む畠氏の耳に入ってきたのが、アサヒグループの研究開発を担うアサヒクオリティーアンドイノベーションズの酵母技術に関する情報だ。アサヒクオリティーアンドイノベーションズでは、もともと別の目的で酵母を活用した飲料の研究を独自に進めており、牛乳のような舌触りと外観を持つプロトタイプが開発されていた。
「技術としての完成度は非常に高かったのですが、はじめて試作品を飲ませていただいたときに、自分が考えていた“牛乳の代替品”としての用途やコンセプトとは少し方向性が異なると感じました」(畠氏)
畠氏が望んでいたものは、コーヒーや紅茶などの飲み物に入れたり、料理やお菓子に入れたりしても、牛乳と同じように使える代替品。試作品の味は牛乳とは異なっていたとはいえ、トロッとした舌触りはたしかに牛乳を連想させる。プロトタイプをベースとして、アサヒクオリティーアンドイノベーションズによる試作品の改良が行われた。
これに加えて、プロジェクトメンバーのネットワークやアサヒグループの味つくりの強みを活かし、アサヒグループ食品の商品開発メンバーに製品開発を依頼。製造適正などを踏まえ、香料や物性のブラッシュアップも継続して行われる。 試行錯誤を繰り返しながら、アサヒクオリティーアンドイノベーションズとアサヒグループ食品の商品開発メンバーのノウハウが結集した「LIKE MILK」がついに完成した。
その味わいは、料理にも使えるよう甘みが抑えられた、サラッとした独特の飲用感があるもの。牛乳とは異なるが、さっぱりしていてとてもおいしい。ぜひ多くの方に一度試してもらいたい、新感覚の味だ。
乳アレルギー以外の方にもささる「LIKE MILK」の特徴
こうして完成した製品は、アサヒグループジャパンがマーケティングを推進し、テスト販売に進んでいく。Makuakeでのクラウドファンディングもその施策のひとつだ。
クラウドファンディングを行った目的は、製品の知名度向上以外に、ユーザーの反応を見る意味もあったという。蓋を開けてみると、目標金額である30万円は当日に超え、5日で応援購入総額は100万円を超えた、最終的には220万円まで伸び、応援コメントからも乳アレルギーの当事者やその家族の切実な思いが伺えた。
「アレルギー対応食品を扱っている企業さんにお話を伺うと、やはり『ニッチな製品なので売り上げ、利益が立たない。社会貢献としてなんとか持続させている』と。製造できる工場は限られるうえ、手間もかかっているから小ロット生産で高価になるし、お客さまが限定されてしまうため、取り扱ってくれるお店も少なくて悩まれています。これは企業としてもサステナブルではないし、変えなければなりません。そのためにもアレルギー対応製品として価値を提供するだけではなく、もっと多くの人たちに需要がある製品にする必要があると考えました」(畠氏)
「LIKE MILK」は酵母を原料とした飲料であり、乳牛を飼育する必要がないため環境負荷が低い。そして牛乳と同程度のたんぱく質を含みながら脂質は約38%少なく、カルシウムは同等以上、牛乳には含まれない食物繊維を豆乳の約2.7倍、亜鉛を牛乳の約2.5倍含んでいる。それでいてコレステロールはゼロだ。
これらの特徴により、動物性食品を摂取しないヴィーガンの方が不足しがちな亜鉛を摂ることができ、さらにたんぱく質豊富で脂質が少ないので身体作りに向き、コレステロールが気になる高齢者でも楽しめる。
「『LIKE MILK』ならハウス食品さんの『フルーチェ』も作ることができます。牛乳以上にカルシウムを含んでいるからです。これは乳アレルギーのお子さんをお持ちの親御さんに大変喜ばれました。乳アレルギーのあるご兄弟がいる場合、なかなか作ることすら難しいんですよ、牛乳が飛び散ると危ないので」(畠氏)
目指すはフードダイバーシティの世界
「LIKE MILK」はいまのところ委託製造を行っており、大量生産はまだ難しい。将来的にはどのスーパーに行っても買える状態を目指しているが、現在は需要を見極めつつ、まずは安定販売することが当面の目標となっている。
「乳アレルギーに悩む方に向けてスタートした『LIKE MILK』ですが、作っていく中でみんながこれを囲んで食べられる、みんなでこれをおいしく飲んでもらえるっていうフードダイバーシティの世界観が見えてきました。現在、インターネットで購入できるように準備を進めながら、大日本印刷(DNP)さんが提供する実店舗を活用したサービス『リテールメディアDMP/DSP』を利用し、7月16日からの2カ月間、スーパーでの販売検証として、東京・横浜のクイーンズ伊勢丹さんの一部店舗(10店舗)にてテスト販売を実施するところです。お客さまには、ぜひ他のミルクと比較していただきたいと思います」(畠氏)
2025年7月26~27日には、東京都江東区の豊洲公園で「LIKE MILK」のキッチンカーを出す予定があるという。「LIKE MILK」 のみならず、コーヒーやスムージーもラインアップし、乳アレルギーのある方だけでなく一般の方にも飲んでもらおうという試みだ。
また7月27日には、大阪府大東市の「生涯学習センター アクロス」主催の「アクロスde サマーフェスタ2025」においても試飲会を実施する。興味のある方は、ぜひ足を運んでみてほしい。
最後に畠氏に、アサヒグループジャパンで働くことの楽しさを伺ってみた。
「僕らは仕事が楽しいんですよ。なぜかというとお客さまの顔が見えるからなんです。とくに『LIKE MILK』は社会課題に向き合っている製品なので、飲んでもらって反応をもらえるのがとても嬉しいんです。『第1回子どもアレルギー学会』では何もできず涙しましたが、第2回は『まだテスト中だけど、こんなのができたよ』って持って行けて、しかもみなさんにすごく喜んで貰えました。先日は『こんな取り組みをしているアサヒに、僕も入社したい』という方もいたんですよ。他の人たちの人生を豊かにできるし、貢献したいメンバーがどんどん集まってくるって、すごいですよね」(畠氏)