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トヨタやスノーピークも採用した、唯一無二の技術とは? 鋳物業界のイノベーター「会津工場」が見据える世界

Updated MAY. 30, 2025 13:43
Text : 加賀章喜
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労働力不足が深刻化し町工場が衰退していく中で、福島県にある会津工場は唯一無二の鋳物製造技術「Hプロセス工法」によって独自の価値を生み出し続けてきた。この記事では、高校卒業後に同社へ入社し、常に新しい挑戦を続けてきた代表取締役社長の鈴木直記氏にインタビュー。会津工場の歴史と技術、そしてものづくりについて、伺ってみたい。

  • 会津工場が誇る業界屈指の技術について代表取締役社長の鈴木直記氏に聞いた

豪雪地帯で世界に通用するものづくりを行う会津工場

長らく日本のものづくりを支えてきた町工場。だが近年は少子高齢化に伴う後継者難、原材料費や人件費の高騰を受け、廃業が相次いでいる。そのような状況の中、雪深い過疎地にありながらも独自の技術を磨き上げ、規模を拡大し続けている会社がある。福島県南会津郡只見町にある、株式会社 会津工場(以下、会津工場)だ。

  • 福島県南会津郡只見町にある会津工場の建屋

会津工場は自動車関係部品・約300種を月産600トン、数にして150万個製造する鋳物製造の会社。業界屈指の技術「Hプロセス工法」(正式名称:Horizontal Controlled Flow Pouring Process)によって高精度・低コスト・短納期を実現し、その技術力と品質は大手自動車会社も一目を置く。Hプロセス工法から生み出される製品は、トヨタ自動車やSUBARUの各種自動車用部品などでも用いられているという。

  • 「Hプロセス工法」によって他社には真似のできない製品を製造する会津工場

2023年3月には「ものづくり日本大賞」において東北経済産業局賞を受賞。さらに独自の鋳物ブランド「会炉 (AIRO)」立ち上げといった、新たな取り組みも進めている。

  • 鋳物ブランド「会炉 (AIRO)」のWebページ

会津工場は過疎地域の工場でありながら、どうして唯一無二の存在感を示すことができるのか。その歴史と技術を、代表取締役社長の鈴木直記氏に伺った。

会津工場がイギリスで発表された工法に挑んだきっかけ

会津工場の操業は1975年。千葉県千葉市で鋳物づくりを行っていた内外マリアブルの会津工場としてスタートした。その後1977年に分社独立し、会津工場という名称がそのまま社名となる。

鈴木氏が高卒で会津工場に入社したのは、創業間もない1979年。当時の社員数はまだ10数名ほどで、作っているのも一般的な鉄鋳物だった。だが鈴木氏は、入社間もなく鋳造業の売り方に疑問を覚えたという。

「当時、先輩の営業マンと一緒に打ち合わせをしていたのですが、その先輩が鋳物をどんどん太らせる方向に提案していくんですよ。実は鋳物には“量り売り”という文化が残っていて、いまではだいぶ減りましたが、当時は『おたくの鋳物はキロいくらですか?』という世界だったんです。太らせて単価を上げて、そこから切削をしてその費用も取る。これはお客さまにとってなにも良いことがないと思いました」(鈴木氏)

  • 会津工場 代表取締役社長 鈴木直記 氏

そんななか、当時の代表取締役社長が他社と差別化を図るため、1984年に導入したのが「Hプロセス工法」だ。Hプロセス工法はもともとイギリスのW.H.Booth社が発表した技術であり、同社は現地で専用実施権の調印式も行っている。だが、世界を見ても導入している工場は皆無だった。このHプロセス工法の開発チームに加わったことが、鈴木氏の転機となる。

「当初は“生産効率を上げて単価を下げよう”という目的で始めたんですね。ですが、やっていくうちに“一般的な砂だと強度が足りなくて成り立たない”、“砂の強度を上げようとすると今度は高価になってしまう”と分かりました。そこで路線を変更し、“薄肉でありながら強度を上げられる”という方向でPRを始めたんです」(鈴木氏)

  • Hプロセス工法で用いる熱硬化性樹脂がコーティングされた砂

ここから「難易度が高く費用もかかる工法で、薄くて丈夫な鋳物を作り、技術に見合った単価で売る」という新たな取り組みが始まった。しかし、鋳物業界の慣習では使用する鉄の量が減ると単価も下がってしまう。会津工場は鋳物業界の異端児だった。

世界で唯一、業界屈指の鋳造技術「Hプロセス工法」

Hプロセス工法は、世界的に見ても会津工場だけがメイン工法としている高度な技術だ。鋳型を水平に複数個連結させ、そこに溶湯(高温で溶かし液状になった金属)を流し込んで一度に複数の高精度な鋳物を作ることができるのがHプロセス工法の特徴といえる。

  • Hプロセス工法の図解。水平方向に溶湯をコントロールして鋳造する

まず熱硬化性の樹脂がコーティングされた砂を金型に吹き込む。金型の熱でブローされると樹脂が固まり、鋳型になる。圧力で突き固める一般砂型鋳型と異なり、焼き固めることで砂の強度を高めており、これにより高精度の鋳物を作れるという仕組みだ。

  • 樹脂をコーティングされた砂を焼き固めた鋳型。裏側にもう片方の型がある

この鋳型を重ね合わせるとひとつの製品の空間ができあがるわけだが、Hプロセス工法では鋳型の強度を活かして両側を鋳型とし、縦ではなく横方向にたくさん重ね合わせることで圧力を均一化。端から溶湯を流し込むと、複数の鋳型で発生した熱硬化樹脂の燃焼熱が内部に籠もり、凝固がゆっくりと進む。これによって品質の安定が得られ、高精度な製品の大量生産が可能となる。

  • 鋳型を実際に水平方向に重ね合わせた状態

だが、溶湯の流れを水平に制御するのは非常に難しい。会津工場が技術を確立するまでには6~7年もの年月を要したという。開発には当然、億単位のお金がかかる。だが当時の社長は「なんとしてでもモノにしろ」と事業を継続した。

「開発当初は埼玉の金型屋さんに金型製作をお願いしていたのですが、手探りでは良いものができるはずがなく、不良の山。そのなかから良品を選んで納品していました。その金型を直すにもまたお金がかかるわけで、これはもう社内で作るしかないとなって、1988年に金型製作と鋳造部品の切削加工も始めました。これによってPDCAが回るようになり、知見が蓄積され、技術が向上していったのです」(鈴木氏)

  • 従来工法と比べ、薄肉ながら高精度、工数削減によるコストダウン、大量製造による短納期を実現する

Hプロセス工法をモノにした会津工場の技術力は、次第に外部にも知れ渡っていった。売上も上がり、2004年に業務拡大に伴い鋳造工場を増設、2005年には切削加工工場、熱処理工場も増設した。

2015年に中小企業庁の「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に選定されるとともに、新工場の操業を開始。2017年、経産省の「地域未来牽引企業」に認定され、2019年には新たに南郷工場を完成させ、業績は右肩上がりだ。

そして2023年、Hプロセス工法の技術は国からも高く評価され、ものづくり日本大賞「東北経済産業局長賞」を受賞した。

  • 会議室には同社製品のサンプルとともに数多くの表彰状やトロフィーが並ぶ

  • 2019年に完成した南郷工場はまだまだ新しい

「東海地域では作れないレーシングマシンの必須部品を作るために、自動車のトップメーカーの設計・開発担当者が会津の山奥までくるなんてなかなかないわけですよ。そういったプロ中のプロの評価も得ているという点も含めて、総合的に評価されたと思います。こういった実績があるとそれだけで取引先には安心されます」(鈴木氏)

  • 上がプレス品と鋳造品を溶接して作った従来のマニュアルトランスミッション、下が鋳物で5部品を一体化させた会津工場製

若いメンバーが主導する鋳物ブランド「会炉 (AIRO)」

近年は自動車部品のみならず、独自の鋳物ブランド「会炉 (AIRO)」で調理器具の販売もスタートしている。そのきっかけとなったのは、アウトドアブランド「スノーピーク」だったという。現在、スノーピークのダッチオーブンは会津工場が100%生産している。

  • 会津工場が生産している、スノーピークのダッチオーブン

「たまたま新潟でスノーピークの講演会がありまして、そのときいくつかサンプルを持っていって挨拶をしたんです。それで翌朝一番でパンフレットと製品をもって本社に行って繋がりができたんですけれども、その3~4カ月後ぐらいに『他社で作れないと言われたのだけれど、こういうものは作れますか?』と問い合わせがきたんですよ」(鈴木氏)

会津工場はこの依頼に見事に対応。その品質はスノーピークを唸らせ、ダッチオーブンの生産はすべて会津工場に切り替わった。

「これまで当社が作っていたものは主に部品でしたが、社員が『これ、俺が作ってるんだぜ!!』と自慢できる製品ができたと思いました。これだけのことができるなら自社ブランドを作ろう、ということで始めたのが、この『会炉 (AIRO)』です」(鈴木氏)

  • 自慢げに会炉ブランドの製品を見せてくれる鈴木氏

鋳物といえば、南部鉄器を初めとしていくつかのブランドがあり、いずれもなかなかに高価だ。BtoC向けの製品は直接売り上げに繋がるわけではないが、会津のブランドを作れば社員のモチベーションも上がるし、会社のPRにもなる。なにより、鈴木氏が若いころにHプロセス工法の開発を任されたように、若いメンバーにも技術的な知識と経験を積ませることができる。これが会炉ブランドを立ち上げた理由だった。

  • 会炉ブランドではたれ皿などの小物の製作も行っている

「広報も含め若い人たちにまかせているのですが、私もちょっとは後押ししようと思って、3~4カ月前からジンギスカン料理のお店とコラボできないかと動いています。一般的なジンギスカン鍋は溶接で作られているんですが、会炉ブランドの鍋は鋳物のため蓄熱性が高くおいしく焼けると評価されているので、どうぞご期待ください」(鈴木氏)

  • 直径16センチ半球形プレートのひとり用ジンギスカン鍋

現代における鋳物の強みと会津工場の展望

鋳物の歴史は古い。日本でも紀元前より産業とされており、根本的な技術は昔からほとんど変わっていない。それでもいまなお最新製品の中で使われており、ものづくりに欠かせない製法だ。

「どんな産業でも創生期があって成長期があり、成熟期があって衰退期があります。鋳物は衰退期に入っていると言えますが、そのスパンは非常に長く、とんでもなくゆるやかで、ここ数十年でなくなることは絶対にないと言って良いでしょう」(鈴木氏)

やはり鉄の強みは非常に多く、どこにでもある材料でありながら強度や耐熱性はいまなお優れており、かつ非常に安い。

「環境問題についていろいろと言われていますが、Hプロセス工法を使うと材料が三分の一になり単純に温暖化ガスの排出量も減るわけで、すごく成長の可能性を秘めた工法だと思っています。できるならね、これをグローバルスタンダード的な立ち位置まで広めたい。それが世の中のためにもなると私は考えているんです」(鈴木氏)

とはいえ、この地域で生産を続けるのは次第に難しくなっていくだろう。同社にはM&Aの話が山ほど来ているそうだが、それでも“会津工場”という社名である限り、企業の拠点はこの地に残したいというのが鈴木氏の切なる思いだ。

「残念ながらこの町はとんでもなく過疎が進んでいるので、そもそも人がいません。いま社員数約160名で、うち約30名が海外の方ですが、いずれこの大所帯を維持できなくなるでしょう。会津工場という社名を残すには、他の工場と協力し、核となる技術をしっかりと保持して、今後の道筋を模索していかなくてはいけないなと思っています」(鈴木氏)

  • 「会津工場を残したい」と思いを語る鈴木氏

高校を卒業し、46年にわたる職人人生を鋳物に捧げてきた鈴木氏。「Hプロセス工法を世界に届けるのは、若いメンバーの仕事」と話す。

「この工場にはインドネシアの研修生がたくさんいます。しかし、3~5年で自分の国に帰り、まったく異なる職種に就く人も多いので、なかなかレベルの高い仕事を教えられません。だからインドネシアに生産拠点をひとつ設けたいと考えているんです。先日は、うちの息子を『インドネシアに行って鋳物を見てこい』と送り出しました。若いメンバーがどこまで情熱を持って進めるか、そこに期待したいですね」(鈴木氏)

先見の明からHプロセス工法による開発を始め、飽くなき技術の追求によって唯一無二の価値を持つに至った会津工場は、まさに日本の町工場の強みが表れたような企業だ。同社の職人魂が世界へと羽ばたいていく日は近いのかもしれない。


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※ 本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。

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